Short Story(2008)

□記念日
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注)バレンタインSS『チョコに願いを』と続いています。


バレンタインデーのヒカルの家の玄関での告白劇から一ヶ月が過ぎた。
今日はたまたま二人の休みが重なり、二人は出掛ける約束をしていた。
ヒカルとアキラが碁を打つ以外に出掛けるのは今日が初めて。つまり二人にとって初デート。
付き合い始めたとはいえ、互いに長い間片思いを続けていたせいか、抱き合うだけでも尋常でないほど胸が速まり、それ以上のことは何も出来ないウブな二人だった。
それでも一緒にいられるだけで幸せな二人は、初めてのデートに浮足立っていた。
昼過ぎに待ち合わせ、遅い昼食を済ませた後、ヒカルの提案で、二人は郊外の水族館に来た。
「すげー可愛い!塔矢!見て見て!」
水槽に鼻を擦り付け、ヒカルは瞳を輝かせていた。
「アザラシって可愛いなぁ。」
ヒカルの目の前で優雅にアザラシが泳いでいた。
アキラは微笑みを浮かべ、その光景を見つめ、想いが届き、また相手から想われ一緒にいられる幸福を噛み締めていた。
「塔矢もこっち来いよ〜。ほら!アザラシが俺のこと見てる!」
ヒカルは無邪気に笑って手招きした。
アキラはそれに誘われて、ヒカルの隣にやってきた。
「ホントだ。可愛いね。」
「塔矢ぁ、次はあっち見ようよ!」
「うん!」
ヒカルはアキラの手を引いた。するとアキラは顔を赤くし、周りを見回した。
無意識に手を取ったヒカルだったが、それを見てパッと手を離しアキラと同じように周りを見た。
幸い、特に二人を見ている人はいなかった。というより傍からみれば、まだ幼さの残る18歳の男子同志が、ちょっと手を繋いだりしても、友達同志がはしゃいでるようにしか見えなかった。
しかし、周りが自分たちのことをどう見ているのか二人にはわからない。いけないことをしたかのように、二人揃って俯いた。
「ごめん…。」
ヒカルは下を向いたまま言った。
「ううん。」
首を振ったアキラも俯いたままだった。
アキラとしては、周りの目も気になったのは確かだが、ヒカルと手を繋いで胸が高鳴り、顔が赤くなったことが恥ずかしかったのだ。
二人は、しばらく水槽の前で向き合って下を向いていたが、気を取り直しヒカルが顔を上げた。
「さぁ、向こういこ!あっちの水槽見よ!」
アキラの背後に回り、ヒカルはアキラの背を押した。
「ほらほら、塔矢!いこ!」
後ろから聞こえてくる明るいヒカルの声で、アキラも気分を一新した。
「こら、進藤。そんなに押すな。」
「アハハ!お前が歩くの遅いから押してんの。」
「フフフ、自分で歩くよ。もう、進藤ったら。」
そうして二人は周りの目を気にしながらも、初めてのデートを満喫した。

水族館全域を歩き回って疲れた二人は、大きな水槽と水槽の間の奥にあるベンチに腰をかけた。
外は日暮を迎える時刻で、水族館も人気がなくなった。館内に閉館を告げる『ほたるの光』が鳴り始めた。
ヒカルが腕時計を見た。
「ここ6時までなんだな。小さい水族館だもんなぁ。」
「郊外だしね。」
二人の声はなんとなく淋しげだった。
楽しい時間はあっという間過ぎてしまうことを残念に思っていた。
ヒカルはもう一度腕時計を見て、慌てて鞄の中から、オレンジのチェック柄の袋をだした。
「早くしないとここ閉まっちゃうな。塔矢、これ。」
差し出された袋をアキラは手に取った。B5サイズほどの袋には、“For You”と書かれたハートのシルバーのシールが貼ってあった。
「これは?」
アキラに聞かれて、ヒカルははにかんで答えた。
「今日、ホワイトデーだからさ。チョコと…、お前の勇気に…お返し。」
「勇気……」
「俺にチョコくれようって思ってくれた勇気。……だって、あれがなかったら、俺達今こうしてないし。」
「進藤…。」
アキラは嬉しそうに笑った。
「開けていい?」
「うん。たぶん気に入ると思うぜ。」
ヒカルの許可を貰ってアキラは袋の封に手をかけた。封のところにもハートの可愛いシールが貼ってあった。それを見てアキラは顔を綻ばせた。
丁寧にシールを剥がし、中を開けると、革素材の紺色のカバーの手帳があった。
無地の濃紺の手帳で、中も使いやすそうだった。アキラの好みを考えて選んだことがよくわかった。
「手帳欲しがってただろ。」
「うん。」
先日新しい手帳が欲しいと言った時、ヒカルが『今度一緒に買いに行こう』と言って、なぜか買うことを必死に止められたことをアキラは思い出した。こういう理由だったのかとやっとわかった。
アキラは手帳を大事そうに撫でた。
「とても気に入ったよ。ありがとう。」
「その手帳さぁ、仕事以外は俺達の予定でいっぱいにしような!」
ヒカルが元気に笑えば、アキラも満遍なく微笑んだ。
アキラは二人の予定が書かれることを思い描き、手帳をギュッと抱きしめた。



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