Short Story(2009)

□名もなき贈り物
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プロ棋士になってから、バレンタインデーに、チョコレートや贈り物が届くようになった。
最初は戸惑い、頂いたたくさんの物をどうしようかと悩み、好きでもないチョコレートを頬張ったりした。
だが、今となっては恒例行事の一環となり、さほど気にもしなくなった。
顔もわからない人から戴き物をしても、僕にはどうすることも出来ない。
贈ってくれた方には申し訳ないが、頂いたものは近隣の施設に配ってもらっている。
ただ一つを除いては…。
その一つというのは、棋院に届くわけでも、家に郵送されるわけでもない。
バレンタインデーの朝、決まってポストに入っている。
17歳の時から、ずっと…。
パソコンの文字で『搭矢アキラ様』とだけあって、贈り主の名はない。
毎年同じ店の同じチョコがポストに入れられていた。
名無しである以上、見知らぬ人から貰ったチョコレートとなんら変わりはないと思ったが、なぜか僕はそれが気になった。
なぜなら、僕が唯一好きなチョコ菓子店のトリフだったから。
甘い物を好まない僕が、この店のチョコだけは好きなことを知っている人は数少ない。
だからそれを手にした時、ある人の顔が思い浮かんだんだ。
僕の身近な人の顔が…。
僕はその頃から、その人にひそかに想いを寄せていた。
最初はその人ならいいなという僕の願望も相俟ってだったけど、年を重ねる毎に確信を持つようになった。
贈り主は…、
たぶん……。
今年もきっと、あのチョコをポストに入れにくるだろう。
あの人が……

◆◇◆◇◆

そして2月14日の朝。
まだ日も昇りきらない時間に起きだし、僕は期待を胸にポストへ向かった。
毎年代わり映えのしない贈り物だが、胸が弾む。
新聞の下敷きになって、リボンはいつもくちゃくちゃになっている。新聞配達より早く届けに来ているのが丸わかりだ。
今年もリボンは可哀相な状態なんだろうな。
想像して笑いが出た。
外を出ると、思ったより寒さを感じなかった。
門まで進み、僕は乾いた空気をおもいっきり吸い込み、はいた。
それからポストを開けた。
先に新聞を取り、その下にチョコレートが………
ないっ!!
どうしてっ!
僕はポストの中を手で探ってみたり、下を探したり、門前まで出て辺りを見回した。
しかし、毎年届けられる小さな箱はどこにもなかった。
僕は茫然と立ち尽くした。
何故なんだ…。
もう僕にくれる気は…ない?
もう僕を想ってくれていないのか?
僕はなんて馬鹿なんだろう。
想われて優越感に浸っていた。
ずっと想ってくれるなんてことはないはずなのに…。
5年だ、もう5年。
心変わりしてもおかしくない。
そう…それにあの人であるという確信もなかった。勝手に思い込んで…、確信を持ったつもりになってただけ。
そうであってほしいと僕が望んでいたから。
自分の想いが強くて、描いた空想にすぎない。
あの人のはずないんだ。
進藤ヒカルのはずが、ない。
彼は男で、僕も男。
彼とはよき友人、よきライバル、それだけの関係。
進藤が僕を好きだなんてこと、ない。
あるわけ……ない。
頬に涙が伝う。
本当に馬鹿だ…、勝手な思い込みに泣くなんて…。
でも…、でも…
止まらない。



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