Short Story(2009)

□冬の出会い
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僕達があの子に出会ったのは、2月の始めの寒い寒い朝だった。

その日は棋院で手合いがあった。
進藤も同じく手合いの為、二人揃って家を出た。
マンションの玄関を出ると、北風が吹き付け、容赦なく身体の体温を奪っていった。
「おぉ、サムッ」
あまりの寒さに進藤も身体を震わせ、玄関を出た瞬間足を止めた。
「ホント、寒いね」
吐く息も白く、つい肩に力が入ってしまう。
マフラーを巻き直し歩きだすと、僕らの行く方向に、小さな白い物体が落ちていた。
白くて丸い物体。
「何アレ?」
「さぁ、何かな?」
二人して首を傾げた。
何かと思い少し近づくと、それはモゾモゾ動き、頭を持ち上げた。
「猫だっ」
進藤は駆け寄りしゃがみ込んだ。
それは小さな小さな猫だった。
遠目だったし、頭を身体に埋め丸まっていたので、丸い物体に見えたのだ。
片手に乗る程の小さな猫。
生後2・3ヶ月くらいだろうか。
真っ白くやや毛が長めで、まるで綿帽子のようだ。
進藤はとても動物が好きなので、目尻を下げ嬉しそうに猫を眺めていた。
「可愛いなぁ?」
進藤が同意を求めるように僕を見上げた。
「そうだね」
僕はとりあえず答えた。
僕は動物の類いは、好きでも嫌いでもない。つまり興味がない。
だから可愛いかと聞かれても、正直よくわからない。
進藤が猫の頭を撫でると、
「ミー」
と、か細く鳴いて、伸びをした。
「すげぇ可愛い」
進藤は目を細めた。
「進藤、行かないと」
僕は腕時計で時間を確認し、進藤を急かした。
ギリギリではないものの、それほど余裕があるわけでもない。
進藤も携帯電話を出して、時間を見た。
「あ、そうだな」
進藤はもう一度猫を撫でて立ち上がった。
「じゃあな」
猫に別れを告げ、僕たちは棋院に向かった。
「あの猫、飼い猫かな?」
「どうだろうね」
「野良だったら可哀相だな」
「そうだとしても、あんなに小さいんだから、親と一緒だろう」
「そうだな、そんなら平気だな」
それから暫く、子猫を見かけることはなく、僕の記憶にもさほど残らなかった。

5日後。
僕はゴミを出しに、マンションの駐輪場の脇にあるゴミ庫へ行った時、駐輪場の奥の柱の所に、薄汚れた布が丸まっているのに気付いた。
見覚えのある柄がチラッと目に入り、少し気になったものの、僕はそれを見ただけで、そのままにして家へ戻った。
まさか、それがウチのタオルケットだとは考えもしなかった。


◇◆◇◆◇


「コンビニ行ってくる」
「何を買ってくるんだい?」
「ぁ…、プリン。食いたくなったから買ってくる」
「そう…。気をつけてね」
「うん」
近頃、進藤は休みの日に、コンビニだとか本屋だとか言って、一人で外に行くようになった。
思い返せば一ヶ月前くらいからそれははじまっていた。
15〜20分で戻ってくるし、手ぶらで帰ってくることもない。
携帯電話も置きっぱなしで、軽装で出掛けるから、ただ単に買物だと思えば不思議はないのだが…。
進藤が出掛けた後、僕は冷蔵庫を開けた。
中央の段に、プリンが2つ並んでいる。
あるじゃないか…。
やはりどこか疑わしい。
進藤が僕に隠し事…。
考えたくないが、やはりそうなんだろうか…。
ソファーに座り深いため息をつく。
一体進藤は何をしているんだろう。
言い知れぬ不安が過ぎる。
行く前に問い詰めればよかったのだろうか…
いや、信じたかったんだ。
僕は彼を信じたかった。
何も疚しいことはないと、疑わしいことはない、そう信じたい。
僕は、不安を抱えて進藤の帰りを待った。
しかし、こんな不安を抱いてしまった時に限って、なかなか戻ってこない。
30分経っても、40分経っても進藤は帰ってこなかった。
僕はソファーにうずくまりじっと耐えた。
が、じっと待っていられたのは、45分までだった。
居てもたってもいられなくなった僕は、慌てて家を飛び出した。



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