Short Story(2009)

□いびつな贈り物
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注)これはバレタインSS『名もなき贈り物』のAnswer Storyです。先にそちらをお読みになると、より内容がわかりやすいです。


今日の僕はとても早起きだ。
外はまだ暗い。
新聞が配達される前から僕は動き出した。
顔を洗い、服を着替える。
それから、自室の机の上にある銀色のリボンが結ばれた桜色のハート型の箱を手にした。
5年もの間、毎年バレンタインデーにチョコレートを贈ってくれた進藤に、僕は今日初めてお返しをする。
名もなき贈り物の贈り主は、進藤ではないかと思ってはいたものの、僕はそれを確かめようとはしなかった。
自分も彼に想いを寄せていながら、何もしなかったんだ。
でも今年のバレンタインデーに、ようやく僕たちは想いを伝えることができた。
そして、僕たちは恋人同士になった。
だから、今年僕は進藤にお返しをしようと決めたんだ。
5年分の想いが詰まったお返しを…
箱の中身は単なるフルーツキャンディーだけど、僕の想いはたくさん詰まっている。
進藤がチョコに込めてくれた想いと同じくらい、たくさん…。
いや…、進藤のは分割だったし、僕のは一括だから、僕のが多いかも…。
僕は箱を見てクスリと笑った。
それで、僕が何故こんなに早くから行動を始めたかというと…。
それは進藤が僕に贈ってくれたチョコレートと同じ手段で、彼にキャンディーを贈るからだ。
つまり、今からポストにキャンディーを入れに行くんだ。
それは進藤にとって、まさに青天のへきれき。
まさか自分がしたことを、僕がするなんて思っていないはず。
進藤はきっととてもびっくりする。そしてとても喜んでくれるだろう。
この箱を見つけた進藤を想像すると、だらしなく顔が崩れる。
いけない!いけない!
僕は顔をパシッと叩き引き締め、ハートの箱を鞄に詰めた。
腕時計を付けながら時間を確認する。
時刻は3時。
よしっ、予定通りだ。
僕は大事なキャンディーの入った鞄を、胸の前でしっかり抱えて、家をあとにした。
そして、大通りまで歩きタクシーをつかまえ、進藤の家に向かった。

タクシーの中で、僕は鞄の中を覗き込んだ。
このキャンディーを選ぶのに、僕はかなり時間をかけた。
今まで、ホワイトデーにお返しをしたのは、母と市河さんだけで、恋する相手にお返しをしたことがなかった。
しかも、進藤に何か物をあげることも初めて。
だから、とても迷った。
何をあげたら喜んでくれるだろうか…
キャンディーがいいのか?
クッキーがいいのか?
ケーキという手もある。
そういえば、本命には食べ物以外を贈る人も多いという。
ならば、服などのがいいだろうか?
それとも、鞄やベルトなどアクセサリーの類いがいいのだろうか?
でも、そんな物をあげたら、進藤が恐縮するかも。
それに、僕の想いが重たいと思われるかもしれない。
それでは何が……
と思いあぐねて、結局キャンディーにすることにしたんだ。
それから、いくつも店を巡りこのキャンディーを選んだ。
進藤がフルーツキャンディーを好んでなめているのは知っていたから、果肉の入った爽やかなキャンディーにした。
詰めてくれた箱を見て、これはちょっと…と苦笑いしたが、恋人にあげるならこれもいいのかもと思った。
運転手がちらちらこちらを見ているのを、気にもしないで、そんなことを思い出し、僕はキャンディーの箱を見て、独り笑っていた。
そうしているうちに、車は進藤の住むマンションに到着した。
運転手に待っててくれるよう頼んで、僕はタクシーを降りた。
マンションの入口を入り、ポストの前に立つ。
マンション全部の家のポストがある。
僕はその中から進藤の家のポストを探した。
《1201 進藤》
ここだ。
進藤のポストはすぐに見つかった。
僕は鞄からキャンディーの箱を出した。
どうぞ、喜んでくれますように…
想いを込めて、ポストに箱を近付けた。
が、寸前で僕の手が止まった。
入れようとしたら、進藤のポストの中がちらっとだけ見えた。
ポストの中には、チラシやら手紙やらが入ったままだった。
僕の頭の中に今まで考えもしなかったことがよぎった。
進藤はあまりポストを開けないのでは?
それに、彼はそもそも新聞を契約していただろうか?
進藤の家の中を思い出す。
新聞なんて、週間碁以外みたことはない。
だとしたら、ポストに入れたら、これが彼の手に届くのは、一体いつなんだ?
すんでで止まった箱を下げ、僕は急に焦り出した。
どうしたらいいんだ。
せっかく来たのに、このまま帰るのは忍びない。
どうしよう…
僕は頭を抱えた。
とりあえず、乗って来たタクシーで帰るのをやめて、運転手に代金を支払った。
そして僕はマンションの入口で考え込んだ。



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