Short Story(2009)
□最高のご褒美★
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俺は一週間前に天元のタイトルを取った。
初タイトル。すげェ嬉しかった。
けど、最終局のあとから、俺はめっちゃくちゃ忙しくなった。
週間碁を始めとする囲碁関係の取材はもちろん、一般雑誌やテレビの取材。
後援会のパーティー、森下先生のところの会食、仲間内での祝賀会、それとなんでかわかんないけどファンクラブみたいなののイベント、などエトセトラ…。
天元戦が終わってすぐだって手合いはあるし、手合いの合間も終わった後も、誰かしらと一緒で、自分の時間が全くなかった。
それで結局、1番大事なやつとのお祝いが最後になった。
明日はやっと丸一日休み。
だから今夜は何が何でも、恋人の搭矢と会うって決めて、対局の後は何も予定を入れないように事務室長の御厨(ミクリヤ)さんに拝み倒した。
御厨さんも俺の一週間スケジュールを見て、さすがに可哀相だと思ってくれたらしく、その頼みを飲んでくれた。
王座戦第三次予選手合いをサクッと中押しで片付けて、俺は急いで家に帰った。
搭矢とこうやってちゃんと会うの一ヶ月ぶり。
棋院では会ってはいたものの、天元の挑戦手合いが始まってから、搭矢は家にこなくなった。
俺が集中出来るよう、搭矢が気を遣ってくれたんだ。
でも、我慢出来ずに、搭矢ん家に会いにいっちゃったけど、 それは挑戦手合いの序盤の頃だった。
最終戦が近付くにつれ、さすがの俺もナーバスになってきて、碁だけに集中する日々が続いた。
それで一ヶ月ぶりってわけだ。
もう、早く会いたくてたまんねぇ。
今夜は搭矢が俺んちで待っててくれてるはず。
二人きりの祝賀会だ。
マンションのエレベーターを降りて、玄関の前に立つと、部屋の中には人の気配。
搭矢が来てる。
搭矢は今日は指導碁の仕事で、お得意先に出向いていた。たぶんその足で真っ直ぐ来たんだろう。
俺は鍵を開け玄関に入ると、早足で廊下を抜け、リビングにいった。
「進藤っ、おかえり」
玄関が開く音で、俺が帰ったのがわかったようで、搭矢は笑顔で俺を迎えてくれた。
「ただいま」
こう言うのも久しぶりだ。
ずっと誰もいない家に帰って来てたから。
会いたかった愛しい人をすぐにでも抱きしめたくて、俺は搭矢に近寄り手を伸ばそうとした。
が、俺が動くより速く搭矢が凄い勢いで抱き着いてきた。
「会いたかった。こうやって早く会いたかったんだ、進藤」
搭矢は俺の肩口に顔を埋め、俺にしがみつくみたいに身体を寄せた。
搭矢もずいぶん俺を恋しがってくれていたらしい。
なんかすげぇ嬉しい。
俺も強く搭矢を抱きしめ、艶やかな黒髪をそっと撫でた。
「俺も」
久しぶりに感じる搭矢の体温。
温けェ…
「天元、おめでとう」
優しい口調で告げられた祝福の言葉。
今まで沢山の人に言われた言葉だけど、一番嬉しくて、一番心に染みる。
「うん、ありがとう」
頬を擦り合わせて唇を近付けた。
そして俺達は約一ヶ月ぶりのキスを交わす。
柔らかい搭矢の唇は、タイトル戦で擦り減った神経と、取材や会食続きで疲れた身体を癒してくれる。
右へ左へ何度も角度を変えて、キスは深くなっていく。
搭矢は積極的に俺の口の中に舌を伸ばした。
俺はそれを軽く吸い上げ、それから舌を絡めた。
「んふっ…ぁ…、んん…んん」
くちゃくちゃと音を立て、互いの口内を荒らしていく。
俺は長く熱いキスに感じて、だんだんズボンが窮屈になってきた。
ヤバイ…
これ以上してたら、身体が我慢出来なくなりそうだ。
部屋の中には料理のいい匂いがする。たぶん搭矢は俺の為に、腕に縒りをかけて料理を作ってくれたはずだ。
腹も減ってるし、まずは二人でお祝いをしてからだな。
そう思って、俺は唇を離した。
なのに、名残惜し気に搭矢の唇が追って来て、チュッチュッと表面を吸う。
「搭矢、飯…食おっか」
「…」
俺は身体を引いて言ったけど、搭矢は何も言わず少し俯いた。
「搭矢?」
「…」
「飯作ってくれたんだろ?」
俺が首を傾げて聞くと、搭矢はコクリと頷いた。
そんで、顔をあげて俺を見たんだ。
搭矢の瞳は妖しく潤るみ、頬は赤く上気し、唇はさっきのキスの名残でみずみずしく濡れていた。
その表情で、搭矢が欲情していることはすぐわかった。
搭矢がこういう顔する時は、我慢が限界にきているんだ。
そりゃそうだ。
俺達は一ヶ月もセックスしてないんだから。
俺だってもう少しキスが長けりゃ、この場で搭矢を押し倒してた。
搭矢の方が我慢の限界に達するのが少し早かっただけだ。
搭矢の欲情した顔はすげぇエロい。
口に出さなくても、俺を欲しがっているのが手にとるようにわかる。
囲碁界のプリンス搭矢アキラの顔はどこにもない。
ここにいるのは、雄の搭矢アキラだ。
搭矢の後ろは俺が欲しくて疼いてるはずだ。
だって搭矢は俺とのセックスが大好きなんだ。俺に抱かれる快楽に溺れてるんだ。
搭矢をそんな身体にしたのは、もちろんこの俺。
だったら飯よりもなによりも先に、搭矢のことを満足させなきゃなんない。
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