連載

□綺想曲〜カプリチオ〜@
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恋愛など縁がないと思っていた。
一般的に考えれば、18の男なら恋人がいてもおかしくない。美しい女性がいれば興味も沸くだろう。
しかし僕にはそういうことは全くない。必要性も感じない。
いずれ両親が選んだ相手と見合いをして、結婚するのが関の山。
碁しか関心を持てない自分には、それが妥当だろう。
そう思っていた。
なのに、事もあろうに好きになってはいけない人に恋をしてしまった。
正確に言えば、出逢った瞬間恋に落ち、やっとそれに気付いたと言うべきだろう。
たが決して言えぬ、叶うことの無い恋。
僕は、良き友人であり、最高のライバルである同姓の男に心を奪われた。

その人の名は……
   『進藤ヒカル』


僕の初めての恋、
そして……



〜綺想曲《カプリチオ》〜
一定の形式によらない、空想的で技巧に富んだ曲。


◆◇◆◇◆

〜第一章 つぼみ〜

厚い雲に覆われ北風が強く吹くとても寒い日、僕は家で進藤を待っていた。久しぶりに打つ約束をしていた。
第一回北斗杯辺りから、僕たちは暇さえあれば二人で打ち、切磋琢磨して互い成長してきた。
僕には進藤が必要不可欠で、彼もまた同様だろう。
僕は進藤と打てることが最大の喜びだった。胸が高鳴る碁を打てる相手は進藤でなくてもいるが、彼は他の誰とも違っていた。
彼の突飛な打筋はもちろん、彼の大袈裟な仕種、語られる独特な言葉や口調、ころころと変わる愛くるしい表情…すべてが好ましく、一緒にいる空間を心地よく感じさせる。
話がヒートアップして口喧嘩になることも多々あるが、それが僕は楽しかった。そんな相手今までいなかったから。
最近は、お互い仕事が忙しくゆっくり打てる日が少ない。手合いも多くなり、二人の時間が合わなくなってきている。
今日は二週間ぶりに進藤とゆっくり打てる。
朝から僕はそわそわしていた。
今、僕の両親は中国で暮らしているから家には僕一人。僕は、大切な友人をもてなす用意を世話しなくしていた。
お菓子も用意したし、彼の好きな炭酸飲料もある。碁盤も出したし、部屋も十分に暖まった。
僕は掛け時計を見た。
1時か…。
進藤は昼過ぎにくると言っていたから、そろそろだな。
僕は、他に何か用意し忘れているものはないか、隣り合わせに繋がっている台所と居間をうろうろした。
― ピンポ〜ン ―
来た!
呼び鈴を聞いて玄関にかけて行った。
玄関の戸に右へ左へ身体を揺らす進藤のシルエットが見える。
「さみー、早く開けて!搭矢ぁ、とーやぁ!」
「今、開けるよ。」
鍵を開けると、向こう側から勢いよく戸が開き、すぐに進藤が入って来た。
「いらっしゃい。」
かしこまって僕が言うと、
「お邪魔します。」
と、どこか照れ臭そうに進藤が言った。
「すげぇ、今日さみーよ。」
「この冬1番の寒さだって、ニュースでやってたよ。」
「やっぱなぁ。」
話ながら、居間に進藤を連れていき、僕は台所へ行った。
「搭矢、俺コーラがいい。」
居間から進藤の声がした。
用意した炭酸飲料を冷蔵庫から出して答えた。
「わかってるよ。」
買って来ておいてよかった。
とても気分がいい。
進藤のコーラと自分のお茶、お菓子をお盆に乗せて居間へ行くと、着膨れするほど着込んだ進藤の服が、脱ぎ散らかしてあった。進藤らしくて、怒るより笑いが出てしまう。
進藤は準備万端という風に碁盤の前を陣取っていた。
「それさ、お母さんが持ってけって。」
進藤はこたつの上の紙袋を指差した。
「ありがとう。」
彼のお母さんは、いつも彼にお土産を持たせる。
「二人で食えって。」
紙袋の中は重箱だ。
僕の両親がいないのをご存知のようで、夕飯用に作ってくれたらしい。
二人で食べろということは、進藤が夜までいるということ。
僕は嬉しくて笑みが零れた。
「御礼をしなくてはいけないな。」
「いいよ。」
「君にじゃないよ。君のお母さんにね。」
「あっそ。」
進藤は碁笥の白石をじゃらじゃらと鳴らしている。
「早く、やろうぜ。俺握っていい?」
「うん。」
僕はお盆を碁盤の脇に置き座った。
「始めよか。」
「絶対、負けねぇ。」
闘志剥き出しで一度僕を見て、白石を掴んで碁盤に置く。
僕も負けじと進藤を睨みつけ、黒石を一つ置いた。
先番は進藤。互いに頭を下げた。
「お願いします。」
「お願いします。」
そして僕らは碁に没頭した。



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