連載

□綺想曲〜カプリチオ〜A
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〜第2章 行方〜

好きという感情はどこから来るんだろう。
心に芽生えたこの感情をどうしたらいいのかわからない。
進藤が僕をどう思っているか気になり、彼の一挙手一投足に心が揺れる。
胸の痛みに耐えながら、毎日過ごすしか僕にはできない……


地震があったあの日から半年が過ぎた。季節はもうすぐ夏になろうとしていた。
あれから僕は、進藤を意識しながらも変わらず傍にいた。
今日も二人で父の経営する碁会所いる。
「やっぱ搭矢と打つと落ち着くなぁ。」
「そう…。でもこんな所に来ていていいのか?」
「いいの、いいの。家にいても落ち着かないし。こうやってお前といるのが1番いいんだ。」
進藤は笑顔で僕をみた。
僕といるのが1番と言われて僕も顔が綻ぶ。深い意味はないのだろうけど、ちょっとした一言が嬉しい。
彼は本因坊挑戦者に決定し、明日の前夜祭に参加することになっていた。
「桑原のじーちゃんとやっと打てるぜ!」
進藤は誇らしげに言った。
「プロになって丸4年、一回も打てねーって思わなかった。」
「高段者と打つには5年はかかるって言うからね。君は早いほうだよ。しかも挑戦者なんてすごいよ。」
「プロ入り2年目でリーグ入りして、既にタイトル戦挑戦者にもなってるお前に言われると、ちょっとムカつく。」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
「本因坊…。絶対なってやる。」
進藤は天井を仰ぎ、独り言のようにつぶやいた。
表に目映いほどの強い闘志を漲らせているが、瞳の奥底に潜む切ない影を…、僕は見落さなかった。進藤が時折見せる哀しみ色。
本因坊…。進藤にとってそれがどんな意味を持つのかは知らない。けれど、彼と本因坊の間に何かがあることはわかる。それに彼は本因坊になるために、何にも増して努力し、躍起になっていることもわかっていた。
本因坊…、秀策…、そして…sai。進藤の秘密。
僕にはいつか話すと言ってくれたが、そのいつかはまだ来ない。
果たしてそのいつかはくるのだろうか…。
進藤への恋心に気付いてから、彼の秘密を知りたい、共有したいという気持ちが強まった。
彼の中にある哀しみを僕が和らげてあげられたら、どんなにいいだろう。
「搭矢、もう一局打とうぜ。」
再び僕を見た進藤の瞳は、もう影はなく、明日への希望に満ち溢れていた。
「…うん。」
僕は本因坊のことには一切触れず、二ヶ月近くに及ぶ長い戦いに向かう友人のために、はなむけの一局を打った。
その日は夜遅くまで二人で打ち、碁の話をした。
翌朝、進藤は本因坊戦前夜祭開催地の北海道に向かった。



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