連載

□綺想曲〜カプリチオ〜B
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本因坊戦から2ヶ月近く経ち、進藤はすっかり落ち着きを取り戻し、いつもの彼に戻っていた。
それは表面だけのことかもしれないが、進藤が次の目標に向けて邁進しているのは確かだった。
進藤は今勝ち進んでいる王座リーグ戦に挑んでいる。彼は他にもいくつもリーグ入りし、一歩一歩前に進もうとしている。
年が明ければ来期の本因坊リーグも始まる。来期は本因坊リーグに僕も参戦する。
僕も負けてはいられない。
僕は書類の束を持って事務室に来た。
「これ、お願いします。」
手にしていた書類を事務の坂巻さんに差し出した。
これは短期交換留学の書類だ。
毎年一名、18歳以上のプロ棋士を対象とした韓国との交換留学制度がある。期間は10月下旬から暮れまでの約2ヶ月。僕がその留学生に決定した。
傷つきながらも前に進もうとしている進藤を見て、僕は留学に行く決断をし申込んだ。
一事件過ぎる度に、進藤への想いがかさを増し、僕は行き場を見失っていた。
地震の時、僕を守るように抱きしめてくれた進藤のぬくもり…、本因坊戦のあとの傷心の彼の手の感触が忘れられない。
このままでは、進藤への想いが強すぎて僕は一歩も前へ進めない。進藤から少し離れて心の整理をするべきなのかもしれない。
それに来年こそタイトルがほしい。リーグ入りしている棋戦以外は捨てて、ここでしっかり勉強する時期なのだろう。
僕は棋士だ。棋士としての僕が決めた道を進むためには、行くべきなんだ。
そう思い決めたことだった。
そして留学は呆気なく決まった。
棋戦を優先する人が多く、毎年希望者が少ないらしい。
僕の他に今年プロになった新棋士と僕より2年先輩の田辺七段の申込みあったらしいが、棋院側も時期的にも僕が行くのが一番いいと判断して、僕に決定した。
坂巻さんは、一通り書類に目を通し書類をしまった。
「結構です。頑張ってね、搭矢君。」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします。」
僕は坂巻さんに一礼して事務室を出た。
これで手続きはすべて終了した。
三日後、僕は韓国に旅立つ。
これから進藤と打つ約束をしている。今日会ったら次会うのは2ヶ月後だ。しばらく彼に会えない。そう思うと胸が痛い。
僕は辛い気持ちを胸の奥に隠して、碁会所へ向かった。


僕が碁会所に到着した時、進藤は既に着いていた。
早々に一局打ったが、その後常連のお客さんや市河さんが何やかんやと話し掛けて来て、打つどころではなくなった。
「坊主、若先生が二ヶ月もいなくて寂しいだろ?」
北島さんが進藤にちょっかいを出した。進藤は煙たそうな顔をした。
「別に!北島さんが寂しいんじゃないの!」
「あぁ、寂しいさ!若先生はこの碁会所のアイドルだからな。」
「アイドルね…。」
進藤はちらっと僕を見た。
多分、北島さんが欝陶しいからどうにかしろと言う意味なんだろう。
でも、僕も北島さんのお喋りを辞めさせるのは得意じゃない。僕は進藤に苦笑いを返した。
「ねぇ、若先生。どうして韓国行くんだい?」
「どうしてって…。」
どう説明したらいいか僕が首を傾げていると、進藤がむきになって喋り始めた。
「碁の勉強に決まってんだろ!搭矢は強くなりにいくの!もっともっと上を目指す為に行くんだ!当たり前のこと聞くなよ!北島さん馬鹿じゃないの!?」
「馬鹿だと!!お前は何年経っても口の聞き方覚えないな!このガキ!」
進藤と北島さんの口喧嘩が始まった。
この光景もしばらく見られない、そう思うと寂しいな。
そうだ、さっきの進藤の言葉、よく胸に刻んでおこう。
もっともっと上を目指すために行く―――進藤の言う通りだ。
高みを目指そう。精進しよう。



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