連載

□綺想曲〜カプリチオ〜C☆
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韓国での二ヶ月はあっという間に過ぎていった。
毎日対局をし、トーナメント形式の棋戦にも参加させてもらい、まずまずの成績を残せた。研究会で勉強して、沢山の韓国棋士と話すことが出来た。
とても充実した留学だった。
しかし、その間も進藤のことは常に考えていた。
空港での僕からの突発的なキスを思い出すだけで、体が熱くなった。今でも、自分がなぜそんなことをしたのかよくわからない。
進藤はどうしているだろう。
高永夏とは打っているのか、うまくやっているのか。
あれから彼は何を思っただろう。
僕の秘めた想いに気付いてしまったのか。
逢いたい…、逢いたい…。
逢いたい………
逢えないほど想いは募り、就寝時にはいつも進藤のことを考えた。
碁にしっかり打ち込めたのは確かだが、進藤への気持ちは全く整理がつかないまま、僕は日本へ帰国した。


帰宅する頃には、太陽は沈みかけ、西の空はオレンジとブルーの美しいグラデーションに彩られていた。
タクシーの中で空を眺めながら、僕は考えていた。
韓国にいる間、進藤に逢いたいと何度思っただろう…。なのに、いざ帰国すると彼に逢うのが恐い。
僕は進藤にキスしてしまったんだ。
どんな顔して逢えばいいんだろう。いったい、なんて言えばいいんだ。今まで通りでいられるんだろうか…。
不安がよぎる。
逢いたいが…恐い。恐くて仕方がない。逢いたいが、逢いたくない。…なんて矛盾しているんだ。
やがてタクシーは、僕の家の門前で止まった。
僕は支払いをして、タクシーを降りた。
二ヶ月の間、中国の両親も帰国していないから早々に掃除をしなくてはいけない。
明々後日は大晦日だし調度いい。
僕はボストンバッグを片手に、薄暗い門の中に入った。
ふと気配を感じ足を止めた。
家の中には誰もいないので、当然玄関の燈かりはついていない。
僕は暗い玄関に視線を送った。
誰か…いる。
玄関の隅に人影があった。小さく丸まって座っている。
「誰?」
僕は止まったまま恐る恐る声をかけた。僕の声を聞いて、人影が立ち上がった。
顔がよく見えないがシルエットでわかった。
「進藤っ!」
逢いたくて…逢いたくなかった進藤がそこにいた。
突然すぎて僕は戸惑い、彼に近づけず棒立ちになっていた。
僕の戸惑いなどよそに、進藤は僕に近づいてきた。
進藤は表情が見える距離まで来て止まった。
彼はニコリともせず、表情を変えず僕を黙って見詰めた。表情に現れていないが、彼の瞳に怒りを感じる。
進藤が怒っている…。
沈黙と進藤の視線にいたたまれなくなった僕は、彼から目を反らした。
「どうしたんだ、突然。」
普通に言えただろうか?
震えそうな声を慎重に出した。
「…。」
それでも進藤は何も言わなかった。
進藤はきっと、キスしたことを怒っているんだ。
なんて言えばいい…
想いを告げるなんて出来ない。なら謝るのか?
ダメだ……、何も言えない。
僕は下を向き表情を読み取られないようにして、進藤の脇を通り過ぎ、玄関にいった。
鍵をだして鍵穴に挿した。鍵を開ける手が震える。
なんとか鍵を開け、戸に開けかけた時、後から声が飛んできた。
「なんであんなことしたんだ…なんであんな時に!なんで何にも言わないんだよ!」
僕は戸に手をかけたまま、動けなくなった。
「なんでキスしたんだ!」
進藤が後から近づいてくるのがわかる。
逃げたい!
でも、どこに…
足も震えだし、嫌な汗が出て来た。
混乱している間に、進藤は僕の肩を掴んで自分の方を向かせた。
「塔矢!なんでなんだよ!」
「ぼ、僕は……」
進藤は前へ前へとにじり寄ってきた。僕は開けかけの戸にぶつかりながら、玄関の中へと後退った。
「何にも言わずに韓国行くなんてヒデーよ!二ヶ月、俺がどんな気持ちで……」
「すっ、すまない……」
僕が咄嗟に謝りの言葉を告げると、進藤は顔色を変えた。
彼は眉を吊り上げ、とても恐い顔で僕を睨みつけた。
「なんで謝るんだよっ!!!」
一段と大きい声を出し、進藤は間合いをつめた。僕は玄関の淵まで追い詰められた。



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