連載

□時のダイス@
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〜プロローグ〜

「なぁ、と〜やぁ。もう帰ろうぜ。」
「…うん…。もうちょっと……」
ヒカルとアキラは日本棋院の資料室にいた。
珍しく二人揃って休みだったので、ヒカルとしては、昼まで二人でゴロゴロして、午後からドライブにでも行き、恋人の時間を満喫したいと考えていた。
それなのに、アキラがどうしても見たい棋譜があると言い出し、ヒカルは渋々お供した。
もちろんヒカルも棋士であるから、資料室にくればそれなりに楽しいし勉強になる。だが、アキラのお目当ての棋譜はなかなか見つからず、すでに3時間以上が過ぎ、すっかり飽きてしまっていた。
「俺、腹減ったよぉ〜。」
「……うん。」
人の話を聞いているのかいないのか、アキラからは気のない返事しか返ってこない。
ヒカルは呆れて後ろの資料棚にドンと背中をつけ、ズルズルと座り込んだ。
すると、ヒカルの頭上から棚に乗っていたダンボールが、ヒカルの頭目掛けて落下した。
――ドサッ――
「痛ぇええ〜!」
「進藤っ!」
大きな音に振り返り、アキラは慌ててヒカルのもとに駆け寄った。
「大丈夫?」
「いててて…」
ヒカルは埃まみれになり、頭をさすった。
ダンボールの中のものが床に散乱してしまった。
「もうぉ、君が勢いよく棚に寄り掛かるからだよ。」
アキラはクスクス笑ってヒカルの埃をパタパタとはらった。
「あー、散らかっちゃったなぁ。」
「本当だね。」
二人で散乱したものを見回して笑った。
周りには、埃だらけの本やら紙やらが散らばっていた。
ふとヒカルが脇に落ちていた箱を手にした。
「なんだこれ?」
その箱は、一辺が50センチくらい厚みが15センチほどの木の箱だった。他の物も同様埃まみれだったが、他のものよりも古びた感じだ。
ヒカルが軽く振るとカラカラと、中で小さなものが動く軽い音がした。
アキラも興味ありげに箱をみた。
「なんだろうね。開けてみたら?」
「そうだな。」
古びた木箱は、紫色の紐が十字に結ばれていた。
ヒカルは紐をほどき、箱を開けた。
「…ん?なんだこれ?」
「9路盤?」
「碁石とサイコロが2コ?あと…これ?なんだろ、塔矢?」
ヒカルとアキラは箱の中を覗きこんだ。
中にあるのは、9路盤と碁石、サイコロが2コとトランプのような紙の束、それと1センチほどの侍や地蔵などのコマのようなものが数個。
「進藤!箱に何か書いてあるよ。」
アキラが箱の蓋の裏側を指差した。そこには文字が刻まれていた。

〜〜双六〜〜
導かれし棋士現れる時
その扉は開かれ
時を越え我がもとへ来たり

「すごろく?」
ヒカルが中身を取り出してみると、箱のそこに確かの双六のマス目がかかれていた。
「すごろくとこの9路盤はどう関係あるんだろう?」
アキラは首を傾げた。
まだ陽が高い正午過ぎ。人が活発に動く時間帯で、日本棋院も多くの人がいるはずだ。だが、二人の周りはシンと静まりかえり、物音ひとつしない。
「棋士と書いてある以上、碁をするということなんだと思うが……」
不審な表情をして考え込むアキラの脇で、ヒカルは一つの小さなコマを凝視していた。
それは烏帽子をかぶった青年のコマだった。
佐為に似てる…とヒカルは思った。
烏帽子のコマは、平安貴族の装束を身に纏い、長い髪を腰で結わき、妖艶に微笑んでいるように見えた。
ヒカルはもう一度箱の文字を見た。
―時を越え…
佐為…
佐為に逢えるかもしれない…
「塔矢…、これ、やってみよう…」
「え?」
「やろう。」
アキラは不安げな顔をした。
「この双六、普通じゃない。なんだか嫌な感じがするよ。」
背筋に悪寒が走り、アキラはゾッとした。
「進藤、帰ろう。」
アキラはヒカルの袖を引いた。しかしヒカルは双六から目を離そうとしない。
「俺、やるよ。」
「進藤…。」
隣にいるのに、アキラにはヒカルがとても遠く思えた。
どこを見ているんだ。
僕はここにいるのに…
進藤…
君がどこかに行こうとしても、僕は離れない。
アキラはヒカルの腕をグイっと引いた。
「僕もやるよ。」
「え?」
ヒカルがアキラを見ると、憎いものでも見るように、アキラは双六を睨みつけていた。
「嫌なら、やらなくてもいいんだぜ。」
「双六は一人じゃ出来ないだろ。」
「まぁ、そうだけど…。」
「僕はこのコマを使うよ。君はこれだね。」
アキラはいくつかあるコマの中から適当に一つ取り、ヒカルの手からコマを取り上げ、双六の盤上に置いた。
入口と書かれた双六のマス目に、烏帽子の平安貴族の青年と十二単を着た女性のコマが並べられた。
それは対になっているようだった。
アキラは碁を打つ時みたいに、ヒカルの向かいに座り直した。
「さぁ、始めようか。」



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