連載

□時のダイスA
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◆◆◆◆◆
[Side-A]

お父さんはまだもどってこないのかな…。
アキラは塔矢邸にいた。

アキラが25年前の世界へ来て、かなりの時間が経過していた。
時間旅行などすぐに信じられるわけがない。場所もよくわからず、知る人もいない。アキラは1時間以上、意識が戻った場所から動けなかった。
だか、この事態を打破するには、じっとしていても仕方ないと、不安を抱え少し歩いてみたら、どうやらアキラの実家の近くだとわかった。
さすがに25年も昔だと、辺りの風景は全く違う。まず現代よりずっと建物が少ない。道幅も違う。
しかし、自分の家の近くだと気付いたのは、幼稚園の帰りに必ず母・明子と寄った公園を見つけたからだった。
アキラは2歳の時に碁を始めて以来、家に帰れば碁の勉強をするのが習慣になっていて、明子は不憫に思い、毎日短い時間だが公園で遊んでくれたのだ。
自分の家の近くだと気付き、アキラは紙に書かれた指示を思い出し、自分ゆかりの人物で真っ先に思い付いたのが、父・行洋だった。
若かりし自分の父と打てるなんて、ありえないこと。だが、夢か現か、そんなことが起きてしまっている。
アキラは、この不可思議な事実に不安は拭えないが、胸が高鳴った。
25年前…、お父さんは33歳。たしか既に名人位を所持しているはず。勝てるだろうか…。でも、打ちたい。
頭にある現在の自宅付近の記憶を頼りに、アキラは塔矢邸にやってきた。庭の様子がかなり違ったが、建物は現在とまったく一緒。掲げられてる表札は『塔矢』。間違いない。
しかし、今はアキラが生まれる4年前で、明子はまだ嫁いでいない。父が出てくるのか、はたまたアキラの知らない人物が顔を出すのか、アキラの不安は増大した。
アキラは恐る恐るインターホンを鳴らした。
「はぁい。」
間もなく女性の声とともに玄関の戸が開いた。
出てきたのは、着物姿の年配の女性。
アキラはその人を知っていた。うっすらと記憶に残るやさしい笑顔。その笑顔は、現在でも塔矢家に飾られている。
おばあちゃん…。
玄関に立っているのは、アキラが幼少の頃に亡くなった祖母・洋子だった。
自分の生きる世界とは違った世界に来たらしいとなんとなくわかったつもりでも、どことなく半信半疑だったアキラは、やっと過去に来たことを理解した。
「どちらさまですか?」
にこやかにゆったりとした口調で洋子はアキラに問いかけた。
「あの…僕は…。」
名を名乗るにも名乗れず、アキラは口ごもった。
自分の名前を名乗るわけにはいかない。塔矢という苗字は数少ない。
「あの、し、進藤と申します。」
咄嗟にアキラは、ヒカルの苗字を口にした。
「塔矢先生はご在宅でしょうか?」
「行洋は出ております。もうじき帰ってくると思いますが。」
「そうですか…。」
アキラの困った顔を見て、洋子は半分まで開いていた玄関の戸を全部開けた。
「よかったら、お待ちになってください。」
「よろしいんですか?」
「どうぞ。」
洋子は快くアキラを家にあげてくれた。
居間に通されたアキラは、洋子が出してくれたお茶を飲み、洋子と少し話した。アキラには、洋子の記憶はあまりなかったが、優しかった印象だけは残っていた。
実際、記憶と違わず洋子はとても優しかった。
アキラは、亡くなった祖母と話せたことがうれしかった。



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