連載

□綺想曲〜カプリチオ〜D
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人を愛するというのはどういうことなんだろう。
すべてを捧げ、すべてを受け入れること…
わからない……
好きな気持ちのその先にあるのはなんなんだろう。
僕が進藤に求めるものは、
いったい……なに…


第3章 揺曵

季節は春になった。
桜が咲き誇り、皆期待に胸を膨らませる季節。
今年も新棋士達が入段してきた。
彼らは、緊張の面持ちで壇上で座っている。
6年前、僕も彼らと同じようにあそこにいた。13歳の僕は何を心に思っていただろう。僕が思うこと…、それは今も昔もかわらない。そう、進藤のことを思っていた。
自分には到底及ばないと思いながらも、若獅子戦に彼が勝ち上がってくることを心の底では願っていた。
出会ってから進藤のことばかりだな…。
避けるように僕から離れて座っている進藤に目を走らせた。
避けてるのは進藤だけじゃない。僕だって彼を避けている。
去年の暮れから、僕たちは全く会話していない。当然、碁会所やお互いの家で碁を打つこともなくなった。だから、彼がなぜあんなことをしたのかは、未だ不明だ。
僕は今でも進藤が好きだ。彼の傍にいたいし、碁も打ちたい。けれど、彼に近付くのが怖かった。
また同じようなことが起こることを恐れているわけではなく、むしろ僕が進藤を求めてしまいそうで…。
あれからよくみるようになった夢は、現在も続いている。
傍にいるだけでは満足出来なくなっている自分の気持ちに戸惑っていた。
「最多勝利者、進藤ヒカル五段」
司会進行役が進藤の名前を告げた。
彼は最多勝利の他にも連勝賞と優秀棋士賞を獲得している。
壇上にいる進藤の勇姿を見ていたら、涙が込み上げて来た。
なぜ進藤を想い、求める…
なぜ彼なんだろう…
傍にいたい、誰よりも傍に…
そして僕だけを見詰めてほしい…
胸が苦しくて、切ない。
人を好きになることが、こんなに辛いなんて知らなかった。
奥歯を噛み締めたが、瞳から涙が溢れ出した。
僕はたまらず、静かに立ち上がり式場を出た。
廊下の長椅子に腰掛け頭を抱えた。
もうすぐ進藤との対局がやってくる。
本因坊への挑戦者の席をかけた決勝リーグ。全勝同士の僕と進藤がまみえる最終戦。
もちろん、勝てば挑戦者だ。僕が進藤が挑戦者になる。
去年の本因坊戦敗戦後の進藤の姿を思いだせば、彼に勝たせてあげたい。
しかし、僕だって三年間の長い予選の末、ここまで勝ち上がって来た。一棋士として負けるわけにはいかない。進藤が又傷付くことになっても、全力で戦う。彼の最良のライバルであるために。
僕は涙を拭い、キッと前を見た。
戻ろう。じきに僕の名も呼ばれ、壇上に立つ。ぶざまな姿は見せられない。
僕は深呼吸をして、背筋を伸ばし、式場へ戻った。
「勝率第一位賞、搭矢アキラ七段。」

◆◇◆◇◆

そして僕と進藤の対局の日がやってきた。
天気は雨。憂鬱な雨だ…
対局場に入ると、すでに進藤が来ていた。
「おはようございます。」
入口で、対局を見守る係りの方たちに挨拶をした。
そして、碁盤の前に座った。
「おはよう。」
僕が進藤に言うと、進藤は僕を真っすぐに見た。
「おはよう。」
久しぶりにこんなに近くに彼を見る。
少し痩せただろうか…
正面から見た進藤は、以前より頬のラインがシャープになった気がした。
進藤は僕から目をそらさなかった。
「搭矢、今日は俺が勝つ。」
睨みつけるように僕を見ながら、進藤は宣戦布告してきた。
彼は真剣だ。
今、この場では、進藤への恋心を捨てなければ僕は負ける。
「挑戦者になるのは、俺だ。」
さらに進藤の視線が鋭くなる。
浮ついた気持ちは捨てなければ。
全ての雑念を捨てて、去年の挑戦者に挑む。
負けじと僕も睨み返した。
「悪いが僕も負けるつもりはない。」
僕たちはそのまま睨み合った。
僕の前にいるのは、僕の永遠のライバルである棋士。ただそれだけ。それだけだ。
僕はこの対局を全力で戦い、そして勝つ。
「時間になりました。」
時間係りが始まりを告げる。
「本因坊決勝リーグ最終局、搭矢アキラ七段対進藤ヒカル五段、では始めてください。」
僕と進藤は同時に頭を下げた。
「お願いします。」
「お願いします。」



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