連載

□綺想曲〜カプリチオ〜G
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しばらく僕も進藤も無言のまま、動かなかった。
その間、僕の腕を掴んだ進藤の手は離されなかった。
長い長い時間だった。
もしかしたらほんの数秒だったのかもしれない。
けれど僕にはとても長く感じられた。
不意に…進藤の手の力が少しだけ緩んだ。
沈黙を破る気配が漂う。
「搭矢…」
呼ばれて身体に緊張が走った。
「お前…」
進藤が発する一言一言、合間がやたら長く感じる。
汗が滲み、手が湿る。
辺りはやけに静かで、それが一層僕を緊張させた。
「俺のこと……」
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「好き?」
いきなり核心をつかれて、心臓がドンと大きな音を立てた。
キスのことなどすっ飛ばし、必死に隠して来た僕の気持ちに、進藤は入り込んできた。
僕は動揺した。
額には脂汗が滴る。
「好き、だよな?」
進藤は続け様に僕に聞く。
確認するような、でもどこか不安げな進藤の問い。
彼は気付いている、僕の気持ちに…。
「意味がわからないな」
どうにかはぐらかせなかいかと、僕は答えにならないことを言った。
今この場で、この恋に決着を着けるには、心の準備が出来てなさすぎる。
「キスしただろ」
だが、はぐらかそうとしても、進藤はそれを許してくれなかった。
「あれはどういうこと?」
僕はどんどん追い詰められる。
「責めてるわけじゃねーんだ。俺もあんなことしておいて、お前に謝ってないし」
鮮明に残る記憶の数々が、僕の頭に浮かぶ。
「塔矢、こっち向いて」
進藤の手にまた力が込もり、僕の腕を引いた。
僕は全身に力を入れ、それを拒んだ。
きっと今僕は酷い顔をしている。
こんな顔見られなくない。
背中から小さくため息が聞こえた。
強情な僕に進藤は呆れたのだろう。
「俺、全部話したいんだ。俺の気持ちを。そんで、おまえの気持ちも聞きたい」
僕は聞きたくない、全て終わってしまうから。
「お前に空港でキスされてさ、俺二ヶ月スゲー荒れてたんだ。俺の心を乱したまんま、お前は何も言わず行っちまうしさ。だから、お前が帰って来て、お前の顔見たらその反動っつうか…あんなことしちまった。ごめん…、でもあれは、お前のこと…」
悪かったな!!」
僕は大声で進藤の言葉を遮った。
もうそれ以上聞きたくなかった。
言葉なんてまとまってない。
何て言っていいかわからない。
けれど僕が言わなければ、進藤が勝手に答えを出してしまいそうで怖かった。
彼から引導を渡されるのはつらすぎる。
身体が小刻み震えて止まらない。足だって立っているのがやっとで、大声を出すとふらついたくらいだった。
逃げたい!この場から立ち去ってしまいたい。
しかし、もう逃げられないところまで来てしまっているんだ。
「どういうことかって?キスなんか挨拶じゃないか!」
「挨拶って…」
「変な誤解を招いてしまったようだな。すまなかった」
何を言っても言い訳にしかならない。苦し紛れの嘘。
自分でも笑ってしまうような幼稚な言い逃れだ。
でもどうしても好きだとは言えなかった。
進藤が気付いていても、口が裂けても言いたくなかった。
どうせ報われないなら、断りの言葉なんか聞きたくない。
それがどんなに優しい言葉だとしても。優しければ優しいほど、自分が惨めになっていく。
それならば、馬鹿みたいなあがきだけど、認めないことで意地を通そうと思った。
声が震えないように力を入れ、僕は必死にしゃべった。
「君がしたことなら気にしてないよ。キスの代償だろ。気にすることはない。僕は何とも思っていないから」
「搭…」
「君を好きかって?君がいう『好き』がどういう意味か知らないけど、君と僕はライバルだ!それ以上の感情などない!」
僕は、重いっきり進藤の手を振りほどき、振り返って進藤を睨みつけた。
進藤は悲しげな顔していた。
何故そんな顔をするんだ…
進藤の表情と、自分が発した嘘に、ひどく胸がいたんだ。



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