Short Story(2007)

□TACTICS
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「きゃあ〜、ホント?」
「マジ話だって。」
「進藤さんすご〜いっ!」
「だろ〜。」
最近、俺の周りにはいつも女の子がいる。特定の彼女って訳じゃない。院生や女流棋士、応援してくれる娘たち。
こう女の子に囲まれて持て囃されるのは、悪い気分じゃない。
けど、俺には好きな人がいる。
だから、この女の子達を相手にしないのが普通なんだけど、俺は敢えてそうしない。
その理由は……
「進藤。」
ほら来たっ!
顎のラインで綺麗に切り揃えられた黒髪が揺れるくらいの速度で、俺の周りの女の子に目もくれず、俺に近付く奴。
塔矢アキラだ。
「進藤、今日は予定はあるか?」
「これから美里ちゃんと飯食いにいくんだ。」
俺が隣にいた女の子の肩に手をかけると、塔矢はその娘に睨みを効かせた。
「みさと?」
「美里ちゃんは院生なんだ。ねぇ〜。」
美里ちゃんに同意を求めると、彼女は塔矢の威圧に負けて尻込み状態だった。
「いえ、あのぉ……」
「院生と話しても君の役には一つもならないだろう。」
「べつに役に立つとかそーいうんじゃねーって。」
「この間、君が見たがってた一柳先生と座間先生の棋譜を手に入れた。こっちの方が君の役に立つ。」
「え?マジ?それってプライベートの棋譜だろ?お前どうやって?」
「見たいだろ?」
「見たい!」
「じゃあ、ついてこい。」
「でもこれから俺…」
人の話も聞かずに塔矢はエレベーターに歩いていった。
俺は、美里ちゃんに謝りを入れて急いで塔矢を追いかけた。
塔矢は俺を釣る方法をよく知っている。
それで、いつも女の子に囲まれてたり、仲良くしゃべってる時にどこからともなくやって来て、俺を釣り上げてくんだ。
それで釣られちゃう俺もどうかと思うけど、仕方ない。だって俺はコイツが好きなんだ。
スゲー好きでたまらない。
出会った時から気になる存在ではあったけど、好きなんだ、愛しちゃったんだって気付いたのは16の時。それから丸2年、塔矢だけを想ってる。
男だろうがなんだろうが構わない。俺のものにしたいんだ。
最初は片思いだと思ってた。けど、いつからかそうじゃないって感じてきたんだ。塔矢もきっと俺のことが好きなんだ。だから、女の子と話してると割り込んでくる。所謂ヤキモチだ。それが見たくて、俺は女の子の中にいるんだ。
でも、塔矢自身はそれに気付いていない。スゲー俺のことが好きなくせに、スゲー独占欲が強いくせに、まったく気付いてないんだ。
塔矢が気付くまで、俺は告らないって決めてる。
絶対気付かせて、逃げられないようにして告る。一生モノを捕まえるんだ、失敗は許されない。
そろそろ俺の気持ちも爆発寸前!ここらで作戦立ててものにしてなくちゃ。
塔矢はエレベーターの中で、うっすらと口元に笑み浮かべている。
釣れた魚にご満悦らしい。
「で、どうやって手に入れたんだ?」
「秘密だ。」
ご満悦プラス得意げな表情に、俺はメロメロだよ。
頼むから、早く気付いてくれ。



それから五日間、塔矢と逢うことがなかった。会わなくても俺が電話したり、メールしたりするんだけど、今回はわざとしなかった。
俺の方がかなりキツかった。どうしてるかな〜って考えちゃうし、何度も携帯を持ってかけそうになった。でも我慢我慢だ。
これも俺の作戦。結構ベタなやり方だけど、塔矢が俺の釣り方をよく知ってると同じように、俺だって塔矢のことをよく知ってる。
古臭い人間だから、連絡がないと気になる、素っ気なくされると不安、ボディタッチに弱い、と案外簡単な手を繰り返していくことが1番いいと俺は考えた。
案の定、あっちから電話がかかって来た。

― ピッ ―
『進藤?塔矢だけど』
「うん、なに?」
『明日、君棋院に行くだろ?』
「ああ。」
『僕もなんだ。』
知ってる。塔矢のスケジュールはバッチリ頭ん中に入ってるから。たぶん、塔矢もそうだ。
『久しぶりにウチの碁会所にいかないか?』
「あ〜、わりぃ。明日はちょっと。」
『ちょっとなんだ!』
「予定があるんだよ。」
『予定ってなんだ!』
「いいだろ何だって。明日はダメなの!」
『名人戦の検討しようって約束したじゃないか?』
「でも明日って言ってねーよ。」電話の向こうの塔矢が黙った。
次の餌を探してるんだ。
「わりーな、検討はまた今度な。」
塔矢が考える間に話してしまえばこっちのもん!
「じゃ、またな」
ちょっと待っ……
― ピッ ―

これでよし!
きっと今、塔矢の頭の中は俺でいっぱいだ。
別に何も用事なんかないけど、陽動作戦だ。
明日は塔矢に逢わないようにしなくちゃな!
俺は着実に作戦を遂行していった。



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