Short Story(2007)

□E・N・V・Y★
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一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
上半身裸で立ち尽くす僕。
下着姿で笑みを浮かべ僕にへばり付く女。
そしてドアの前には彼が…。
三人が出くわしたのは、ほんの僅かな時間。
だが、僕には時が止まったように長く感じられた。



僕は関西棋院との懇親会で大阪に来ていた。
懇親会といっても、対局が主で、親善試合や新人棋士の指導を兼ねていた。
日本棋院からは、僕と進藤を含めて15人の棋士が出席した。
今日と明日の二日間の日程で、今夜はホテルに泊まることになっていた。
明日は朝から対局があるからと、進藤と久しぶりに会った社と3人で、食事だけしてホテルに戻って来た。
珍しく各自一部屋ずつ用意され、僕と進藤は別々の部屋へ別れた。
僕と進藤は恋人同士ではあるが、秘密裏である上、仕事の時は互いにその関係を持ち込まないというのが、二人の暗黙のルールだった。

僕は、風呂の準備をしようとバスルームに向かった。
すると、ノックの音がした。
遅い時間だし、こんな時間に来るのは進藤ぐらいなので、何の気なしにドアを開けた。
ドアの前に立っていたのは進藤ではなかった。
「君は…。」
「こんばんは、昼間はありがとうございました。」
そこには、髪の長い小柄な少女が立っていた。彼女は深々と僕にお辞儀をした。
「あ…、関西棋院の人でしたね、こんばんは。」
彼女は、今年関西棋院に入段した棋士で、昼間対局した子だった。
僕は軽く会釈をした。
「塔矢さんと打てて、私すごく嬉しかったんです。」
「…はい。」
「私、とても緊張していてあまりお話出来なかったし、」
「…はい。」
「アドバイスいただきたくて、見てもらいたい棋譜があるんです。」
縋るような目で彼女はうったえてきた。
僕は、時間も遅いし、関西棋院には優秀な棋士がいるから勉強には困らないだろうと突っぱねたが、彼女の押しに負けて、少しならということで部屋に入れた。
彼女の力量は、たいしたことはない。今日打ってそれはわかっていた。新人棋士だから当然というかも知れないが、それは間違っている。初段であろうが、光る一手がどこかにあるものだ。だが、彼女にはそれがなかった。
しかも、彼女の棋譜はあまりにもお粗末なものだった。
さっさと済ませて帰ってもらおうと、彼女の持参した棋譜に目を通し、僕の簡素に意見を述べた。
途中、彼女が喉が渇いたといったので、仕方なく部屋にあったインスタントコーヒーを作った。
僕が彼女の前にコーヒーを置こうとした時、突然彼女が立ち上がり、コーヒーカップに当たり中身が飛び散り、僕のシャツを派手に汚した。
「きゃぁ!ごめんなさい。私何やってんだろ。熱くなかったですか?脱いだほうがいいです。」
彼女が慌てて、服を脱ぐよう責っ付くものだから、気にも止めず僕はシャツを脱いだ。
「えっと…タオルは…。」
そういって彼女は辺りを見てタオルがなかったので、タオルを取りに洗面所に行った。
何も不思議なことはない。
熱湯に近いものを僕が被り、服を脱ぐ、慌てながら彼女はタオルを取りに行った……、普通の行動だろう。
けれど、戻って来た彼女はタオルは持っていたが、なぜか服を着ておらず、下着姿で僕の前に現れた。
「なんのつもりだ!」
彼女は唇に笑みを浮かべ、ゆっくりと近付いてくる。
「私、塔矢さんが好きなんです。ずっと前から。」
下着姿で僕に近付く人物は、先程の彼女とは別人のようで、僕は身震いがした。
「塔矢さん、私を抱いてください。一度でいいから。」
そして彼女は僕の胸にしがみついた。
僕は慌て、彼女を突き飛ばそうと、肩に手をかけた時、彼女の視線が不自然なほうを見ているのを知って、突き飛ばすより早く目線はそちらに行った。
僕の息が一瞬止まる。
僕の目線の先には、呆然とした進藤が立っていた。
頭の中をいろんな事が駆け巡る。
なぜ、進藤がここに?なぜこんなことになっている?進藤はこの状況を見て、何を考えている?
体が動かない。
僕と彼女がくっついたまま時間が止まったようだった。
誤解される、と考えが到った時には、彼は既に立ち去っていた。

「何故進藤がここに来たんだ!」
僕は彼女を突き飛ばし叫んだ。
彼女はよろけて床に打ち付けられた。
そして顔をあげて、
「証人になってもらっただけですよ。」
とサラっと言った。
「塔矢さんが30分後に部屋に来てほしいって言ってたって、ここにくる前に進藤さんに言ったんです。」
沸々と怒りが沸く。
「ドアにはスリッパを挟んでおきました。」
僕は彼女を睨みつけた。
それでも彼女は悪びれもせず続ける。
「うまく行きましたね。これで、私達のこと噂になりますよ。」
彼女は立ち上がり笑った。
僕の怒りは頂点に達し、右手を振り上げ彼女の頬を打った。
「下劣な人間だな!!」
頬を打たれた勢いで、壁にぶつかる彼女をそのままに、汚れたシャツを羽織り部屋を出た。



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