Short Story(2007)

□LIP〜HSide〜
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俺と塔矢は逢えば口喧嘩をする。
出会ったばかりのころは、いきなり現れては、なにかにつけて食ってかかってきて、いけ好かない奴って思ってた。
でも今は違う。
今だってすぐ怒鳴るし、俺のこと馬鹿にするし、スゲー睨んでくる。カチンとくることはあるけど、なんだかそれが心地よかったりする。
碁の話はもちろん楽しい。俺のいいとことか遠回しだけど、誉めてくれるし感心してくれる。悪いとこは遠慮なくいう。まっ、言い方はムカつくんだけどな〜。
でも碁が絡まなくても、なんか楽しいんだよな。
なんかさ、塔矢って、ちょっと佐為に似てる気がする。
佐為もキーキー言って怒ったし、碁の話になると夢中でさ。それ以外のことはなんも知らなくて、なんだなんだって聞いてきたっけ。まっ、平安時代の人間だから知らなくて当然なんだけどな。あれはおかしかったな。
そういえば塔矢も、この間俺のリップを興味津々で見てたっけ。つけてやるっつったら固まっちゃてさぁ。やっぱ似てるぁ。
でもさ、あん時はこっちまで緊張して心臓バクバクしちゃったよ。
塔矢の唇は、薄いけどスゲー柔らかかった。男の唇なんか触ったってなんも感じねーのが普通なのに、俺はドキドキが止まらなかった。
俺、変なのかな…。



「ラーメン!ラーメンラーメン!」
「いやだっ!」
「ラーメン食いてーもん!」
「勝った方が決めるって言ったじゃないか!今日は僕に付き合ってもらうよ。」
「さみーし、ラーメンの方があったまるだろ!」
今日は朝から塔矢ん家の碁会所で打ってた。早碁とか一色碁とかまぜて7局打った。
6局打ち終わった時、3勝3敗で五分だった。昼飯も喰わずに打ってたから腹ぺこで、次打って勝った方の好きなものを食いに行くってことにした。
結局、俺が負けた。
負けたくせに、俺は自分の希望を主張してるってわけだ。
「何度言ってもダメだよ。譲らないからな!」
「ちぇっ!」
本気で自分の主張を通そうって思っているわけじゃない。ただ、こういうやり取りがしたいだけだ。
塔矢だって別に怒ってない。マフラーで口元は半分隠れてるけど、目が笑ってるからわかる。
「蕎麦はヤダからな!」
「蕎麦だって温まるよ。寒いんだろ?」
「蕎麦嫌い!!」
俺がぶーたれた顔して言うと、塔矢は小さく声を出して笑った。
俺はふて腐れて、そっぽをむいて歩いた。
冬の夜、寒空の下を人気のない住宅街を二人で黙って歩いてく。
黙ってしまうと、唇が乾燥してきた。
俺は、ポケットに手をいれてリップを探した。
「あれ?」
入れてきたはずのリップが見当たらない。
「どうした?」
塔矢が聞いてきた。
「リップがない。」
Gパンとジャケットのポケットをパンパンと叩いて、ないとジェスチャーで示した。
「落としたかな…。」
俺が首を捻って考えていると、塔矢が手を差し出した。
「僕の使う?」
黒革の手袋をした掌の上には、色は違うけで俺のと同じ種類のリップが乗っていた
「僕も…買ったんだ。」
なぜか塔矢は、ちょっと下を向いている。
「あ、そうなんだ。サンキュー。」
俺は塔矢を横目で見ながら、それを取ろうとしたけど、ちょっと塔矢をからかいたくなった。
「つけてよ。」
「えっ!」
塔矢はパッとこっちを向いた。目を丸くして、口は半開きで明らかに驚いた顔してる。笑える。
「この前つけてやったんだから、今日は塔矢がつけて。」
俺は立ち留まって顔を突き出した。塔矢の足も留まる。
きっと『ふざけるな!』っつってスゲー怒るぞ。
俺は塔矢の反応を待った。
すると塔矢はもっと下を向いて、
「…ぃぃょ…。」
とつぶやいた。
返ってきたすんごい小さい声に、今度は俺が驚いた。
ええっ!なんで素直に言うこときいちゃうだよ!
俺は阿呆みたいに顔を突き出したまま、あん時の塔矢みたいに固まってしまった。
すぐに冗談だってリップ取り上げちゃえばいいのに、身体が思うように動かない。
塔矢は、リップを右手の人差し指に取った。
そして一本前踏み出して、俺との間をつめた。
どんどん、冗談だって言える状況じゃなくなってく。
塔矢の指が唇に近づくのと一緒に顔も近づいてきた。その距離20センチ弱。近すぎる。
やばい、息ができねー。
俺の頭がグルグルしてたけど、塔矢はお構いなしだ。
指が俺の唇に触れた。身体がビリビリと感電しかみたいに痺れた。
塔矢の長くて細い指はゆっくりと唇を滑っていく。唇がジンジンと熱い。心臓が破裂しそうなくらいドンドン叩いてる。
塔矢の視線が俺の唇に注がれている。なんだかいたたまれなくて、どこ見ていいかもわかんなくなる。
ふと、目線を落とすと塔矢の唇が目に入った。
薄く形のいい唇から、白い息が洩れる。俺はそこから目がはなせなくなった。
またこの柔らかい唇に触りたいという衝動にかられる。
塔矢の指は、俺の唇を往復して離れていく。俺はそれが合図みたいに吸い寄せられるように塔矢の唇に近づいた。



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