Short Story(2007)

□LIP
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僕は冬が好きだ。乾いた空気の匂いと肌をさす冷たさがとても好きだ。

今日は一段と寒さが厳しい。夜も遅い時間になり、一層寒さが増してきた。
進藤と碁会所へ行った帰り道。二人で並んで歩く。
並ぶ僕たちの間は、一人分の間隔があり、僕にはそれが何だかもどかしく淋しく感じる。
もう少しだけでいい君のそばに行けたら…。
ふと進藤を見ると、Gパンのポケットに手を入れ何か探っている。すぐに目当ての物を見つけたのかポケットから手を出した。手の中に隠れてしまう小さなもので、何なのかわからない。
進藤はそれをいじり、口へと持っていった。僕には何かを食べているのかと見え、
「何を食べているんだ?」
と尋ねた。その問いに反応し進藤がこちらを向いた。彼は少し笑って手を僕の前に差し出した。
「何も食ってねーよ。」
彼の手の中には、小さな円形のプラスチックのケースがあった。女性が携帯用にクリームなどを容れているような物だ。
僕はそれが何かまだわからず見つめていると、隣からクスクスと笑い声が聞こえて来た。
「リップだよ。リップクリーム。」
「リップ?」
「リップ知らねーの?」
僕の反応が可笑しかったのか進藤は馬鹿にしたように言った。僕はその言い草にちょっとムッした。
「知ってるよ!ただ僕の知ってる形じゃなかったから解らなかっただけだ!」
と言い、続けて母が使っているものはスティック型であることをややムキになって説明した。
僕の言い方を気にすることなく、ふぅ〜んと内容だけ理解し、また唇にリップをつけた。
リップクリームを指に取り、口に持って行く行動が不思議で進藤を見ていた。
すると進藤は顔を僕に近づけた。
「どう?男前上がっただろ。」
あまりの近さに僕は眉をひそめた。それでも彼は覗き込むように近づく。
「お前さぁ、唇チョット荒れてる。」
観察するように唇を見られ、いたたまれないのと鼓動の高まりに耐え切れず身体を引こうとしたが、進藤にグイっと肩を押さえられた。家路へ向かう足も止まってしまった。
「お前もつけたほうがいいな。」
そういうと間もなく進藤の指が僕の唇に触れた。先ほど彼が自分にしたように撫でる。彼の指は優しく温かかった。僕は息も出来ず固まっていたが、唇だけが感覚を残していた。
「よしっ!」
進藤の指が離れると、身体が一気に感覚を取り戻し、冬の冷たい風に震えた。
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