Short Story(2007)

□夜汽車
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誰もいない車両で、僕は窓の外をぼんやりと眺めている。灯りもほとんどなく辺りは闇に包まれている。
ずいぶん遠くに来てしまった…。

お得意先での指導碁の帰り道。今日出向いたお宅は、自宅近くの駅から乗り継ぎ無しでいける場所にあり、30分もあれば帰宅できるところだった。
駅のホームに行くと丁度快速電車が止まっていて、僕はあわてて飛び乗った。僕の帰りを待っていてくれる愛しい人のもとへ早く帰りたかった。
それなのに僕は、不甲斐ないことに眠ってしまったのだ。
気付けば、電車は降りるべき駅の4・50分先を走っていた。戻るために逆の電車に乗ったが、時刻は22時を過ぎ、すでに各駅停車しかなくゆっくり来た道を戻り始めた。
時間も遅く上り電車のせいか、乗っている人はあまりいない。僕のいる車両は、僕独りでとても静かだ。
1時間近く乗り過ごして、それ以上の時間をかけて戻る。
昔の自分なら、こんな風に独りの時間も悪くないと思っただろう。頭の中で棋譜をなぞったり、詰め碁を解いたり…、そうしているとあっという間に時間が過ぎて行ったものだ。
でも、今の僕は違う。もしキミが隣に居たら、と考えてしまう。
きっと、誰も居ないこの静かな空間も、キミの声が響き渡り、楽しい時間になるだろう。ちょっと肌寒く感じられる空気も、暖かくなるだろう。
キミが隣にいないことが、寂しい…。
独りの時間なんていらない。早く進藤のいる僕たちの家に帰りたい。
二人で過ごせる時間を2時間も無駄にしてしまった。
僕は大きなため息をついて、窓の向こうの暗闇に目を向けた。窓に数滴の雫が落ちた。
雨…かぁ…。今日は本当についてないな…。
電車は、ゆっくりゆっくりと都会へ向かっていく。冷たい雨をうけながら…。


もうすぐ0時になろうとしている。やっと自宅の最寄駅に到着した。
降り出した雨は本降りになっていた。家までは歩いて10分弱かかる。走ってもすぶ濡れだ。僕は何度目かのため息をつき改札を出た。
すると、改札正面の柱にピッタリと背をつけ、膝を抱えて小さく座り込んでいる人が目に飛び込んで来た。
近くにいかなくても、下を向いていても僕にはわかる。進藤だ。
冷え切った心と身体が一気に暖かくなる。
逸る気持ちを抑えて、彼に近づいた。
進藤は下をむいたまま、右手に持っている傘の先で地面を突いていて僕に気付いてないらしい。


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