Short Story(2007)

□こどもの城★
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進藤に連れられてやって来たのは、東京郊外にあるラブホテルだった。
今日は、進藤の21回目の誕生日だ。


ぼくたちはお互いの生まれた日をとても重んじていた。
生まれて来たこと、出会えたこと、今共に歩んでいることへの喜びいっそう感じる日だからだ。
去年の進藤の誕生日は、僕が避けられない仕事ため一緒にいられなかった。
彼は、「仕事だから仕方ない。」と聞き分けがよく、反って僕がひどく残念がったことを覚えている。
だからというわけではないが、今年は進藤の望む誕生日にしてあげたくて、彼の希望を聞いた。

「進藤、何か欲しいものはあるか?」
「なんでもいいよ。お前がくれるものなら、なんでも嬉しい。」
「じゃ、何かしたいこととか…。」
「お前といちゃいちゃしたいぃ。」
「ばかなことを!」

進藤は、僕のあげるものすることは何でも喜んでくれる。偽りではないだろう。返ってくる言葉は解っていた。でももし何か言ってくれたら…、とわずかな期待を込めて聞いてはみたものの…。
予期していた答えもかかわらず、僕はうなだれてしまった。
僕の様子を見て、声を上げて陽気に進藤は笑った。
「まっ、食事とか塔矢セレクトで頼むわ!楽しみしてっから。」
「…。」
「そんな顔すんなよ。」
うなだれたままジュウタンの上に正座している僕を、進藤は後ろから抱きしめてきた。
「んじゃさぁ、食事行ったあとさ、俺行きたいとこあるから付き合って。そこで、二人で楽しも!」
「行きたいところ?」
「うん、スゲー行きたい。」
「どこ?」
進藤はどこか教えてはくれなかっかが、その時の彼の顔がとても嬉しそうで承知した。


それで着いたのがここか?
以前一度行った時、美味しいと進藤がいたく気に入った小さな洋食屋で食事をしたあと、彼の運転で連れて来られた。
外装を見ただけで一目瞭然。
パステルピンク色にぬられたヨーロッパ風の城まがいの建物。
これみよがしに掲げられた品のない看板。
『HOTELこどもの城』馬鹿げたネーミング!子供は入れないだろうっ!
どこをどうみてもラブホテルだ。
入ろうとしているのに気付き、車内で拒んだが、そのまま車は駐車場に入り、進藤に手を引かれ駐車場かの脇にある扉に入れられた。
入るとすぐ短い階段があり、軽やかに進藤は上っていく。
「君はここへ来たかったのか?」
ぼくが不快感あらわに言う。
「あーそうだぜ。早く上がってこいよ。」
「いやだ!」
「なんだよぉ〜、おれの行きたいとこって言ったじゃねーか。」
「そうだが…。」
「もう、いいからこい!」
言い淀んでいるうちに、進藤はバタバタと音を立て下りて来て、すごい力でまた僕を引いた。
上に上がると扉の先はフロントかと思ったが、すでに部屋だった。
「うわーすげぇ。」
そこには、現実から切り放された別世界があった。
進藤は、大声をあげてあちらこちらを見て回ってるようだった。
何畳あるのか見当もつかないほど広い真っ白な部屋の中に、壁には映画館のようなスクリーン、天上からはブランコが下げられ、ソファーやテーブルも上等なものにみえる。中央にはプールまである。
プールの脇の螺旋階段の上にロフトのようなものがある。
僕は呆気にとられて棒立ちになった。
「すげぇ塔矢、風呂でけぇ〜。」
進藤の呼び声は聞こえたが、僕は動けないままだった。
「塔矢ぁ?」
風呂場にいたであろう進藤が戻って来て、僕の肩をポンポンと叩いた。
「塔矢?」
「進藤、フロントは?」
「ねーよ。金はあれで払うんだ。」
進藤が指さす方をみると、今入って来た扉の脇に、コインパーキングによくある精算機がついている。
「なぜ部屋にプールがあるんだ。」
「入るためだろ。」
「ここはどこだ?」
「なに言ってんだよぉ、ラブホだよ。どおしちゃったの、お前。」
僕があまりに驚いているから、ソファーに座って進藤が話しをしてくれた。
地方や郊外にあるラブホテルは、直接車で部屋の下に入れ誰にも会わずに使用出来ること。
ここは雑誌で見つけ、僕と来たいと目星しを付けていたこと。
あれこれ説明してくれた。
「たまにはいいだろ、こんなのも。」
「そうだな…。」
誰にも会わずに出入り出来るのが、一番僕を安心させた。
誰にも知られず二人きりでいられるなら、こういう所も悪くないと思った。
僕が落ち着いたことがわかると、進藤は立ち上がった。
「なんか飲もうぜ。」
戻って来た進藤は、グラスとワインをもっていた。
「ワインもあるのか?」
「うん、ブランデーとか日本酒もあった。」
「ずいぶんいいワインじゃないか。」
「えっ、そうなの?何本かあったんだけど、違うのがいいかなぁ。」
「いや、君の誕生日だ、上等なもののほうがいい。」
それを聞いて進藤は、子供のようにはしゃいだ。
「そうだよ、俺の誕生日なんだよな〜!乾杯しようぜ!」
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