Novel3
□その一言で僕は
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カタカタカタカタ……
ブラインドタッチの音が響く、真夜中の東京都庁のある部屋。都知事でさえ帰ったのに、その部屋の持ち主――――東京は書類に囲まれ、パソコンに向かっている。
「はぁ………これで一つ終わった……って、わっ!!」
ため息をついてパソコンから指を離し、伸びをする東京。その指先が書類にあたり、うずたかく積まれていた書類が崩れる。
「はぁ……」
ため息をつきながらもまた書類に目を通す東京の後ろから、
「そないに嫌なんなら、帰ってしまえばよろしおすのに」
と、声がかかった。
「………まだいたんですか、京都さん」
「その言葉、そっくりお返ししますえ、東京はん」
お茶とお菓子の乗った盆を机に置いたのは、京都だった。
「驚きましたわ」
京都が床に落ちた書類を拾いながら言う。
「もう一時近いのに、電気が付いてはるから」
「残業ですよ。京都さんこそ、なんでここに」
「どうでもよろしおすやろ、そんなこと」
貫禄の違いか、東京の質問はスルーされてしまう。はぁ、東京がついたため息に、京都が顔をあげた。
「お疲れどすな、東京はん」
「はい、お疲れです」
このところ、少ない休みがさらに少なくなり、仕事に追われている。今日は八時間前に三十分の仮眠をとったきり、休んでいない。
「でも、休めません」
私は首都ですから、と続けると、京都の形のよい眉が少しよせられた。京都は東京に対して、首都という点で対抗心を燃やしている。というか、東京を首都だと認めていないのだ。
(――好きな人に嫌われるって、苦しいことですね……)
昔、まだ己が人の住む場所としてうまれたてだった頃。京都は、大きくて、綺麗で、立派だった。そして己は江戸となり、同じような規模にまで発達した。
それでもまだ、追い付いていないと思った。
京都には、千年以上という長い歴史がある。それに対して己には、四百年ちょっとの、激動ながらも短い歴史しかない。
過ごしてきた時間が……格が違う。
(所詮、この想いは憧れなのだ)
踏み止まれ、自分。
彼女には、彼女にだけは、こんな想いを抱いてはいけない。
抱いては――――
「無理は……」
そっ、と。
肩に、冷たい手が触れた。
「……あきまへんえ」
冷たい手が、優しく東京の肩をもむ。
「……京都さん?」
俄かには、信じられなかった。
「今東京はんが倒れはったら、日本も倒れます。せやから、東京はんは休まなあきまへん。これはうちからの命令どす」
うっとこにでもおいでやす、と京都は笑う。
「京都さん……」
「うちにはこんな量の難しい書類を裁くことなんてできまへん。東京はんはそれをこなすんやから、凄いもんどす」
―――いくら業績を讃えられようと、苦労を労られようと、心が満ちることはなかった。
なかった、はずなのに。
(好きな人に言われると、嬉しいものですね――…)
涙が、視界を滲ませた。
「……休んで、良いんですかね……」
「えぇ。うちが許します」
あたたかい微笑みが、涙と共に溢れ出した。
その一言で僕は
(癒されるのです)
京都さんが優しい………。