Novel2
□深く融けて
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牙の王である咢くんの調律者になった――――
と言っても、調律をしたのは電脳空間の中で。
「電脳空間と現実で感じ方が違う、とは、一概に言えないですけど……」
枢ちゃんが、言いにくそうにちょっと下を向きながら、私に言う。
「やっぱり、現実での……調律の仕方を覚えた方が、良いんじゃないかと、」
そう言った時の枢ちゃんの瞳は、間違いなく契の王で。
私はファクトリーと呼ばれる所に行って、咢くんの―――調律をすることになった。
**
(恥ずかしいんだよなぁ………)
更衣室で、このみさんという人に手伝ってもらいながら、調律用のスーツを着る。前やった時は………裸だったんだよなぁ、と思い至り、顔を赤くしていたら、このみさんに背中を叩かれた。
「なに恥ずかしがってんの!!別に恥ずかしい事じゃありゃしないったら、イネ先生も言ってたっしょ」
「そ、そうだけど………」
――――音を合わせ、王の負担を減らす為に行うこと。そのためには、親兄弟よりも友人よりも――恋人よりも、王の事を深く知り、交わらなければならない――――
ついさっき聞いたばかりの話が頭の中に蘇ってくる。
「そう言われても………何か、」
「まぁそうだけどさ、一回やってるんしょ?大丈夫だって」
からっと笑ってマントを着せるこのみさんに励まされ、更衣室から出る。調律場に行くと、枢ちゃんや他の人も励ましてくれた。
「………中山、」
少しかすれた声が、上から降ってくる。
大丈夫。
マントを脱ぎ、スーツに幾つかコードを繋ぐと、私は梯子を登っていった。
**
調律が終わった。
途中から枢ちゃんが手伝ってくれたこともあって、結構早く終わった、と思う。ただ、電脳空間のときにはあまり感じなかった、独特の疲労感が体の芯にあった。
「何だか、疲れたなぁ」
それを更衣室で呟くと、枢ちゃんが律儀に心配してくれた。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん………」
ちょっと気恥ずかしくなって、急いで服を身につける。と、枢ちゃんが話しかけてきた。
「調律というのは、確かにちょっと恥ずかしい事ですけど……中山さんが咢くんを想う気持ちがあってこそ、出来る事だと想うんです」
「、枢ちゃん………」
「私達調律者は、まず相手の事を知ります。知って―――好きになって、初めて調律が出来るようになります」
だから、と言って、枢ちゃんは照れたように笑った。
「中山さんが咢くんを想ってるって良くわかる、良い調律でした」
「………ありがとう、枢ちゃん」
「おーい、中山サン?お待ちかねだぜ、彼氏が」
二人で顔を見合わせて笑っていたら、このみさんがドアを開けて入ってきた。
「か……彼氏って」
「ファクトリーの入口でさぁ……げっへっへっ」
「げ、げっへっへって何!?」
「良いから早く着替えろって!!」
「う、うん」
何だか知ってるなぁ、この雰囲気……そうだ、エミリだ。このみさんとエミリって似てる気がする、と思いながら荷物の整理をし、更衣室から急いで出る。
「じゃあね、また今度」
「さようなら〜」
「うん、ばいばい!!」
二人に手を振り返して、私はファクトリーの入口に走っていった。
**
「……咢くん」
「やっと来たか、ファック」
「ごめん……」
「……帰るぞ」
「、うん」
ファクトリーの入口の前で、本当に咢くんは待っててくれた。それだけで心が暖かくなってくる。反面、ついさっきまでの事がフラッシュバックしてきて、顔に熱があがってきた。
「………オイ」
「ッ!!ななな、何ですかッ!?」
「………何びっくりしてんだよ」
赤くなった顔を見られないように、咢くんの一歩後ろで俯きながら歩いていたら、唐突に話し掛けられた。
「、いや、なんでも………」
「?………まァいい、とにかく………あー、その、」
「………?」
珍しく吃る咢くんに、首を傾げる。
「調律、」
「………!!」
「無機ネットん時より………すげぇぴったり」
「………ありが、と」
「………ん」
言い終わった途端、また前を向く咢くん。少し残念に思っていたら、すっと手が差し出された。
「………」
無言だけれど、咢くんの耳が微かに赤いのが見えて、その手にそっと自分の手をのせる。
とくん、とくん。
二人のおとが、とけた。
深く融けて
(二人のおとが交じる)
(ひとつになる、恋のおと)
→あとがき