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□略奪
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翠。







ねぇ、翠。




何処にいる?











「翠…」
ふらふらと外に向かう。


宛ても無く暗い道を歩く。気付けば夜が近付いていた。

ぼんやりと暗くなった道を街灯が照らす。





覚束無い足で歩いていると、後ろから急に抱き締められた。


「翠!?」
ばっと振り向く。




「誰だ、それ」
背後にいたのは翠ではなく、知らない男だった。

「離せっ…!!誰だお前!」
勢い良く腕を振り払って逃れる。

「あり?誰かと思ったらこの間のガキか」
ニヤリと笑う男。

「ガキ…!?」
キッと睨み付ける。



「その顔…そそるな」
男は妖しい笑みを僕に向けた。

「あ…思い出した!」
僕は男を指差して述べる。

「んあ?」
キョトンとする男。

「前襲って来た狼男」
後退りして男と距離を取る。






「  」
何か言う男。

「は?」
聞き取れ無かった僕は聞き返す。

「黒弥。俺の名前」
黒弥と名乗る男は妖艶な笑みを浮かべる。


「…僕に何か用?」
睨みながら尋ねてみた。

「冷たいねぇ」
苦笑の黒弥。






 
「いいから答えて」
拳を握り締めて尋ねる。

「そうだな…。



強いて言うなら







お前を奪いに来た」
真っ直ぐに見つめられる。


「…あんた何言ってんの?」
多少呆れながら呟く。

「だから、奪いに来たって」
頭をガシガシ掻きながら黒弥が言う。

「僕を連れて行っても何も得なんて無い」
後退りしながら告げる。



「あるんだなぁ、これが」
ガシリと腕を掴まれる。

「触るな!」
腕を振り払おうとするけど、力が入らない。

「俺に得があるんだよ」
ずいっと顔を近寄せられる。

離そうとしても後ろは壁。逃げられない。



「来てもらう」
そう言うと、黒弥は僕の鳩尾を殴った。

「……っ」
僕は黒弥にもたれかかる。





意識が遠のいてゆく―――。













――――。


ふわりと頬に何かが触れる。





「ん…」
目を擦ると、ジャラジャラと鎖のような音がした。

勢い良く目を開けて辺りを見渡す。


どうやらベッドに寝かされているようだ。手足を鎖で繋がれている。




「起きたか」
上を見上げると黒弥の顔。

「おまっ…!!」
黒弥の変化を解いた姿を見て目を見開く。

 
ふさふさした耳と尻尾。

艶やかな毛並みにぴくりと動く茶色の耳。妖しく覗く鋭い牙。





「何だよこれっ…!?」
じたばた暴れても外れやしない。

「何って…鎖?」
当たり前のように答える黒弥。

「わかってるよそんなの!」
再び黒弥を睨み付けた。

「じゃあ聞くな」
黒弥は尻尾を振りながらベッドの上に乗って来る。



「退けよ、重い!!」
僕に跨がる黒弥に訴えた。

「嫌だね」
得意げな表情の黒弥。







「これを飲め」
黒弥は小瓶に入った桃色の液体を指差す。

「嫌だ!」
首を横に振る。

「…飲め」
ムッとする黒弥。

「い や だ !!」
黒弥に向かって叫ぶ。


「仕方ねぇな…。手のかかる人間だ」
そう言って黒弥は小瓶の蓋を開ける。

「何を…」
言い終える前に黒弥が行動を起こす。









顔を押さえられて動かせない。




キス、された。


あの液体が入ってくる。




ごくん。

飲み込んでしまった。


「飲んだみたいだな」
ニヤリと口角を上げる黒弥。

「キス…した?」
翠以外の人が。

「ああ」

「キスされ……っう、うぅ」
ぼろぼろと涙が溢れて来る。


 
「何泣いてんだよ」
黒弥は悪気なさげに僕を見下ろす。

「うっ…あ、っく」
次々に涙は溢れ出す。





キスされた。翠じゃない男に。嫌だ。



「…翠」
掠れる声で名前を呼ぶ。

「翠って、この前の天狗か?」
目を見つめられる。

「……っ」
無言で頷く。


「あいつはお前の何なんだ?」
首を傾げて尋ねてくる黒弥。

「恋、人って…言ってた」
泣ながら答えた。

「成る程な」
涙で黒弥の顔が歪む。





「何で今日は一緒じゃなかったんだ?」
僕の涙を拭う黒弥。

「…喧嘩しちゃって…出て行っちゃった」
黒弥から視線を逸らして話す。

「へぇ…酷い奴だな」
苦笑する黒弥。

「翠は悪く無いよ。僕が悪いだけ」
そう言うと、また涙が溢れてしまう。
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