*main

□満月の契約
2ページ/5ページ

笑った口には鋭い牙、長く尖った爪。

そして、茶色の整った耳と尻尾の毛並み。



「狼男…!?」
僕は後ずさる。

「美味そうな匂いがする」
狼男は僕に近寄る。

「来るなっ!」
無我夢中で走る僕。

「逃げても無駄だ」
ニタリと笑って狼男は追いかけて来る。







「うわあっ!?」
石に躓いて転けてしまう。

「捕まえた…」
狼男は僕の背中に跨る。

「離せっ…!!」
必死に暴れる。

「美味そうだなぁ」
僕を上に向かせる狼男。狼男は腹の上に跨る。


「離せよ!」
狼男を睨み付けた。

「喰わせろ」
ギラリと光る奴の目は、獣そのものだった。

狼男は僕に覆い被さってくる。




「どけよっ…!!」

「その声そそるな…」
耳元で囁く狼男。

「……っ」
怖い。


喰われる。怖い。

身体が震える。


「―――――翠!!」
思わず翠の名前を呼ぶ。

「誰か来る訳ねぇだろ」
狼男の口元からは妖しい牙が覗く。








「誰も来ない筈がないだろう?」
足音と共に聞こえる声。

「…誰だ?」
声の先を狼男が見る。

「俺の契約者から離れろ」
冷たい声の主。

「契約者?何を言ってるんだ」
狼男は僕の両手を掴んだまま尋ねる。



「いいから離れろ」
声の主を見ると、冷たく低い声の翠がいた。

「これは俺の獲物だ」
僕の髪を触る狼男。

「誰に口を効いてるんだ?」
すぐそばに翠の声が聞こえた。



翠は持っていた扇子を振りかざす。

――――――刹那、強い風が吹いた。狼男は僕から吹き飛ぶ。


「大丈夫か、海里」
翠が僕を抱き起こしてくれた。

「な、何とか大丈夫」
僕は翠にしがみつく。

「…震えてる」
僕の手を握る翠。

「うるさいな」
翠の手を振り払ってしまう。



「…痛ぇなあ…」
ゆらゆらと奴が立ち上がる。全くの無傷だ。

「もう起きたのか」
翠はギラリとした目で狼男を睨んだ。

「次は喰うからな」
そう言って狼男はいなくなった。


「…消えた」
そう呟く僕。

「また来るだろうな」
翠の手は僕の頭を撫でる。

「うん」
僕は翠から目を反らした。







「怪我してないか?」
不安げな翠の顔。

「大丈夫」
翠を見つめる。

「良かった…」
翠は僕を抱き締める。

「…苦しい」
力が苦しいんじゃない。胸が苦しいんだ。

「すまない」
僕は更に強く抱き締められる。

「謝るなよ…」
急に泣きそうになった。



翠は僕の頬にキスしてきた。


「ちょ…やめろよ」
僕は翠の身体を押し返す。

「………」
何度も何度もキスする翠。

「翠?」
翠の表情を伺った。

「見るな」
翠は僕の目を手で覆う。

「何で…、あ…っ」
耳を甘噛みされる。

「海里…」
耳元で僕の名前が囁かれる。




「んっ…」
翠に耳を舐められて声を出してしまう。

「…はあ、はあっ」
耳の近くで荒々しい翠の息づかいが聞こえる。その度に息が耳に掛かる。


翠はいろいろな場所にキスする。

頬、額、耳、そして唇。



「…目を閉じろ」
小さな翠の声。

「う、うん…」
ゆっくり目を瞑る僕。

翠の唇が触れた。さっきとは違う優しく深いキス。


「ん…」
抵抗できない。

あまりに優しいキスに、息をするのも忘れていた。




「はあ…」
離れた唇からは、涎が伝う。

「どうして欲しい?」
翠は唇を舐めながら笑う。

「何、言って…」

「…冗談だ」
ニヤリと笑って立ち上がる翠。


「帰るんだろう?」
翠は僕の手を掴む。

「うん」
翠に手を引かれながら歩く僕。

「家に家族はいるのか?」
突然、質問をする翠。
「いるよ、母さんと兄貴。今日はいないけど」
質問に答える。

「今日はいないって…どういう意味だ?」
翠は少し振り向いて聞いてくる。

「母さんは出張で、兄貴は友達の家。だから今日は俺一人だ」
苦笑いで応えてみた。




「一人か…」
足を止める翠。

「どうしたの?」
翠の背中を見つめた。

「………く」

「え?」
聞き返す僕。

「…お前の家に住み着くと言ったんだ」
翠は振り返って僕に言う。

「冗談だろ?」
口元が引きつる。

「本当だ」
僕を見つめる翠の瞳。


こうして、翠は僕の家に住み着く事になった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ