短編

□聖夜の約束
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もうずっと前から咳が止まらない。
口の中は血の味しかしない。
意識もはっきりしない。
今が何時かもわからない。

息をするたびヒューヒューと耳障り音が気管から聞こえる。

ここ数年で己の毒は強さを急激にまし、成長途中な身体を蝕んだ。

(もうだめかもしんねぇな。)

呼吸もままならないこの状態ではこれ以上生きることは不可能だろう。

でもそれより何より、もう自分は生きる意思をなくしていた。

鴆という妖怪に生まれ、毒を背負い生きていく意味を失っていた。

(若・・・。)

もう顔をはっきり思い出すこともできなくなってきた幼い主を呼ぶ。

(会いてぇ・・。)

一目でいい、姿をみたい。

どんな罵詈雑言でもいい、声を聞きたい。

嫌われたんだろうとわかってはいる。

だけど、それならば自分には何も残らない。

『リ・・クオ。』

紡ぐ名前は甘く切ない・・。

何よりも大切な俺の恋しい主・・。

お前の為に鴆を継ぐつもりでいた。

命をかけるつもりでいた。

それをお前に否定されたら俺は・・。

俺は・・。

ゴホッ!

咳とともにまた血を吐いた。

もう考えることもままならない。

鴆の名前は誰か他のやつについでもらうしかないだろう。

鴆君!

薄れ行く意識の中リクオの声を聞いた気がした。

だけどそれは俺の惨めな願望で、必死に開けた眼に映ったのは側近の下僕だった。

『鴆様。』

具合はどうとかそんなこと尋ねなくてもわかってるだろう、ぼんやりとする視界のなか側近が俺をみていた。

『どうした蛇太夫?』

かすれる声で尋ねると側近はかしこまり答えた。

『先程、本家の烏天狗様がいらっしゃりこちらを鴆様にお渡しするようにと預かりました。』

そう言って見せてくるのは二つに折った厚紙だった。

『烏天狗殿が?』

動かない手を必死に伸ばし受けとる。

二つに畳まれた画用紙を開いた途端、俺は血が沸き上がるのを感じた。

〈メリークリスマス!鴆君!〉

紙で作られたツリーが飛び出し、幼さが残るメッセージが飛び出した。

忘れられた訳じゃなかった。

嫌われた訳じゃなかった。

苦しさとは違う涙が瞳から流れる。

俺は枕元においてあった刀に手を伸ばした。

鞘から刀を抜き、それを自分の足に刺す。

『鴆様!?』

焦った蛇太夫の声がやっとはっきり耳に届いた。

痛みで意識が覚醒する。

はっきりとした視界のなか、もう一度厚紙をみる。

なんてことのない内容、本当にたいしたことのない内容・・。

だけど・・。

それは俺が存在することを許された証だった。

リクオ・・・俺はまだ悪あがきしていいんだよな?

お前の為に生きていいんだよな?

『蛇太夫・・・俺はまだ死なねぇ。若に生きることを許された。鴆一派は俺がつぐ。』

ゆっくりと俺は厚紙に唇をよせ、接吻した。

誓いのように・・。
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