□除夜の鐘【兄神】
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大晦日、子の刻。


もうすぐ日付も変わろうかという
この時間、

たまたま立ち寄った寺は
ものすごい人混みに溢れていた。



どこを見回しても人人人。



賑わいがものすごい音量になって
耳がおかしくなりそうなほどだ。



「これが地球式新年の迎え方なんだね。

馬鹿らしいけど
ちょっとだけ廻ってくるヨ♪」


「やれやれ…

困ったリーダーだ。

俺は先に宇宙船に帰ってるから、
次の任務に遅れないでくれよ」


阿伏兎は俺の行動に干渉しないから、
好き勝手動いていられる。


肩をすくめて、寺を横目で見ている。


「うん♪
先に出発しててもいいからネ」



冗談まじりで彼にそう言って、

俺は人混みに潜り込んでいった。




「あーもう。


全然進めないなぁ。

まったく…。全員殺しちゃいたいなぁ」



そんなことを呟いていたら、
肩が触れていた隣の女が
ぎょっとして俺から少し離れた。


しかし

何だってこんなに狭い古寺に


大勢の人が集まっているんだろう。

何か面白いことでもあるのかな。




期待外れだったら

こんな寺、参拝客もろとも

潰しちゃうぞ。




その時





ごぉぉぉぉぉぉぉぉん







と、鐘の音が響いた。


腹の底にまで振動が届くような、
それでいて全て包み込むような、
荘厳な音。



周囲の人々から
歓声がわき上がる。



「それでは皆さん、

これより八十八の煩悩を祓うべく、

鐘を突いていただきますので
列になってお並びください」


鐘台から下りてきた
和尚とおぼしき坊主頭が、

そう告げて人々に
甘酒を振る舞い始めた。



なるほど。

そのための行列だったのか。



しかし、


ボンノウ?
祓う??

鐘を叩いただけで???



地球人ってやつは
本当に弱い生き物だよね。



自分のそういうやましい感情を、
神だの仏だのになすり付けて

安心したがってるんだからさ。


俺はそういう弱い奴が大嫌いだ。



見てると腹が立って

いつもなら殺してしまう。






でも今日は。





「まぁいいや。

もうちょっと居てみよう」



やがて和尚は
俺のところにもやってきて、

甘酒を手渡してくれた。


立ち上る湯気と、甘い香り。



俺は甘酒なんて邪道だと思ってるから

ホントは紹興酒なんかがよかったけど、
ぐいっと一気に飲み干した。


喉から食道が温まって
液体が胃までゆっくり
落ちていくのがわかる。


「あー。寒いな」



見上げたら人の頭の間から、

冬の凛とすんだ星が見えた。



夜兎の星は見えるかな。

見えないだろうな。

まぁ、どっちだっていいんだけど。



「どうせ、帰る場所じゃないしネ」



口に出してみても

何の感情も湧かなかった。
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