□除夜の鐘【兄神】
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「壊すなヨ」

「わかってんだヨ馬鹿兄貴」



手加減したんだろうけど

神楽が鐘を突くと
今までのより10倍はでかい音が鳴り響いた。





「ガサツだなぁ」




あまりの音に耳を押さえそうになる。



随分見ていなかったその後ろ姿は

少し大きくはなったものの、


俺の知ってるチビ神楽と
何も変わらなかった。




「神楽の煩悩は何なの?」





「………。




銀ちゃんの糖尿が良くなるように、

新八にモテ期が来るように、

姐御の料理が上手くなるように、

総悟の腹黒が直りますように。」




「それって煩悩って言う?」




ていうか糖尿が良くなる願いとか

祓っちゃっていいのかね。




「放っとくヨロシ」




神楽は鐘から離れた。



本当に、バカみたいに一直線なやつ。

江戸で、かぶき町で

大事なものを見つけたんだね。




次は俺が棒に結ばれた綱を握る。
そっと引いて、そうっと押しだすと


鐘は常人の時と同じように




ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん





と厳かに鐘が鳴った。




近くにいると

より一層肌で感じる空気の振動。


そして背中に神楽の視線。





「じゃぁ、神威の煩悩は何アルか?」





「そうだね」






言おう。この鐘の音が消えないうちに。








「神楽が地球で卵かけごはんを
 たらふく食べられますように、
 

ベビーフェイスで腹黒の
ドS少年が寄り付かないように、


うさん臭いお侍さんに
無銭でこき使われないように、





神楽、




お前が地球で寂しい思いをしませんように。」







振り返ったら、神楽は俯いていた。


怒ってるのかな?



そう思って覗きこんでみたら

無表情なまま頬を膨らませて、
口をしっかり結んでへの字に曲げてる。



これは、小さい時からの神楽のクセだった。




近所の子供たちにからかわれて
俺が庇ってやった時も、

学校の先生に褒められた時も、



神楽はこんな顔をしてた。

緩んでしまいそうになる表情筋を抑えて

弾む気持ちを隠して

不機嫌なフリをしてたっけ。





「いつからお前は
こんな天邪鬼になっちゃったのかなぁ?


あんなに優しく面倒見たのにな〜」




わざとお兄ちゃんぶってみる。





「なっ…!!

寝言は寝て言えヨ!

だ、第一、


総悟は寄り付いてなんかいないし

銀ちゃんだって少しはお給料くれてるアル!


寂しい思いなんて毛ほどもしてないネ!!」




動転して必死に反発する神楽の言葉は

それでも、俺を安心させるものだった。







「そう。ならよかった♪」






にっこり笑って

俺は先に鐘台を下りる。



すると、






「ぼ、煩悩っ…!」





背中にアイツの
ぶっきらぼうな声が降ってきた。





「ひとつ、言い忘れたアル!


馬鹿で阿呆な兄貴と、

パピーと3人で

いつか……





いつか、
宇宙を旅できますように!!!」




想像もしなかった神楽からの言葉。



見えていないけど、

神楽の今の表情は面白いほどわかる。





「ふふっ」


こみあげる笑いに肩を揺らすと、


愉快な気持ちのまま人混みの中に潜り込み、




俺は走って寺を後にした。




全ての人の、八十八もの煩悩を許すように

鐘の音はまだ続いていた。




――完――

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