FFZ 短編

□しんすいラバー!
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沈んだ鉛色。
一面を覆う雲。
天気は最悪。
しかも今日は俺のきらいなデスクワークだった。

なんでまたデスクワークなんだと。
席から勢いよく立ち上がると、座り心地最低な椅子がギシッと苦しげに軋む。
皆の何事かという視線を浴びながら、
…俺はソルジャーだ。
書類整理なんてやってられるか!戦いたい!動きたい!
そういうと、静かに「筆を動かせ」と一蹴されたのだ。
ぐぅ、と大人しく席に座りなおすと、周りからくすくすと笑い声が聞こえる。
隣をちらりと見ると目が合ったカンセルにも笑われた。
死にたい。

そんな地獄のような時間がやっと終わったのだ。
エレベーターの中でガチガチに硬くなった肩を捻りながらはあ。と大きなため息を吐いた。
チン、という音とともに開いた扉から出て、(無駄に)大きな階段を下りるとこれまた広いロビーに出る。
早く帰りたい早く帰りたいお腹減った。
その時の俺の脳内は何とも単純なものだった。
いつもそんな感じだろって?うるせえよ。


「ザックスさん」


ふいに呼び止められ、きょろきょろと周囲を確認すると可愛らしい女の子がにこにことこちらを見ていた。
受付の子だろうか。青い制服を着ている。
俺のタイプではないが可愛い子だ。


「これ、よかったら」


どんな男でも落ちそうな笑顔で、缶コーヒーが差し出される。
どうでもいい子だとはいえ、やはり女の子からの差し入れは嬉しい。


「ああ、サンキュ」


そう言ったら、彼女はまたにこ、と笑って「さよなら」なんて言うもんだからこっちも「またな」なんて返してしまった。
何を勘違いしたのか、彼女はさっと頬を染めて、花のように恥らいながら去って行ってしまった。
ずいぶん初心な子なんだな、なんて。

まあ名前も知らないんだけれど。



そんな感じで、嫌なこともありつつ、ちょっと嬉しいイベントもありつつ、俺は今帰路に着いていた。
よかった。雨は降っていない。

途中でカンセルに出会い、「今日のお前は爆笑ものだった」などと言うものだから、とりあえず口封じに缶コーヒーを投げつけた。
何を投げられたのか訳もわからずキャッチした本人は何やらまぬけな声を上げていたが、気にせず家への道を急いだ。

早くクラウドに会いたい。
愛しい人の「おかえり」の一言を聞くだけで元気になれるってもんだ。
…本人の前でこんなこと言ったら何されるかわかんないけど。







ふう、と一息吐いて、自宅の扉を開いた。


「ただいま」
「おかえり」


俺はいつものように後ろ手に扉の鍵を閉めると、思わず彼の笑顔に自分の顔も綻んだ。


「ザックス」


ゆっくりとこちらに近づいて来るクラウドに多少の違和感を感じたときには頬に鈍い痛みが走っていた。
扉に打ち付けられた背中が痛い。いや、殴られた頬も痛いけど。
強い衝撃を受けた扉は大音量の悲鳴を上げた。
俺ちょっと今日家具をいじめすぎちゃあいないだろうか。
近所迷惑になってないかな。

ぼうっとそんなことを考えていると、強く腕を引っ張られた。

為されるがままに着いて行った先は…風呂場?
中に放り込まれて、意味が分からず困惑していると、彼が入ってきた。
冷たい目に思わず視線を逸らすと、バン、と乱暴に扉を閉められた。


「今日、受付の子と話してたよな。可愛い子だよね。最近いろんな奴が話してるよ」


じりじりと浴室の隅に追いやられた俺に、突然シャワーから冷たい水が勢いよく噴出した。
容赦なく襲ってくる水のせいで、もう全身ずぶ濡れだ。


「あの子、―――…っていっ……かな」


クラウドの声は激しい水音にかき消されてよく聞こえない。
水を吸った服が重い。
…折角雨に襲われないで済んだのにこれじゃあ意味がないな。

この季節に冷水は厳しいか。
徐々に体温を奪われ、少し寒くなってきた。
風邪ひいたらどうしよう。
頬だけがじんじんと熱を持って、全身の温度と相反するようにどんどん熱と痛みを増していった。


「ねえザックス聞いてる?」


聞いてねえよ。
寒いんだよ。
痛いんだよ。
くそこのやろう。


「ここならちゃんと聞けるよね」


彼は耳元に唇を寄せ、囁くようにそう告げた。
彼が触れた部分が熱い。


「ザックス、飲み物貰ってたよね。コーヒーだったかな。ブラックだったの?ザックス、ブラック飲めないのにね」


彼はくつくつとさも楽しげに笑う。

覚えてねえよそんなの。
一体どこから見てたんだ。


「ココにあの女の手から渡ったコーヒーが入ってるの?憎らしいね」


するりと服の下から腹部を撫で上げられた。
飲んでねえよ俺。
入ってねえよ。


「汚された、俺の、ザックスが、あの女」


クラウドの指が腹部からゆっくりと上に上って行き、首に到達した。
ぐっ、と雪のような白い指に力が込められ、空気の通り道が塞がれる。


「ザックス、に首輪、着けとかないと、俺の」


寒い。
目の前がぼやけてきた。

俺、死ぬのかな。
クラウドに殺されるのなら、いいか、なんて。
俺の頭も相当おかしいかもしれない。

ぼやけた視界に映った彼は歪んだ笑顔だった。


ぐにゃりと視界が大きく揺らめいたところで、ぱっと彼の手から解放された。

突然流れ込む酸素に、俺は激しく咳き込んだ。


「どうやったらきれいにできるかな」

「中から汚されてるなら洗い流しても意味がないね」


…シャワーをぶっかけられてたのはそういうことだったのか。

ふりそそぐ冷水が止められた。


「俺が内側からきれいにしてあげる」


全身が、熱い。



しんすいラバー!
(笑顔の魔法)





'10 0920

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