幕恋短編集 慎太郎編

□撫子
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木々が赤や黄色に色づきはじめ、秋も深まってきたそんなある日の午後、河辺に風に吹かれてゆらゆらと揺れる小さなピンクの花を見つけた。
派手さはないけど、とてもかわいい感じの花…
摘んで持って帰ったら、おかみさん喜んでくれるかな?

私の少し前を歩く慎ちゃんを呼び止める。

「慎ちゃん!ちょっと待って!」

「どうしたんですか、姉さん?」

「あのね、あの花摘んで帰りたいんだ。」

そう言って花の方を指差す。

「あぁ、撫子の花ですね。いいっすよ。」

いつもの屈託のない笑顔でこたえてくれた。

「ありがとう。」

そして、私が河辺の方に降りて行こうとすると、慎ちゃんが手をとってくれた。

「転んだら大変ですからね。」

「あ、ありがとう…」


こういう時は自然に手を貸してくれるんだよね…



…………
…慎ちゃんの手…あったかいな…
心も自然とあったかくなる…



「姉さん?」

「あ…、なんでもないよ///
さて、お花摘んじゃいますか!」

そう言って撫子の花を摘み始めた。


しばらくして慎ちゃんが、

「そう言えば、姉さんは撫子の名前の由来を知ってますか?」

とたずねてきた。


「え?知らない。」


何なんだろう?
そんなの考えた事なかったな…

そんな私の顔をみてクスリと笑って慎ちゃんは、

「撫でるように可愛がっている子。
愛しい子。
姉さんみたいですよね。
皆さんに目をかけられて…」

…可愛がってというか面白がられてるような
いや、それより………子?
子って、子供って事?
そりゃ、みんなにとっては私なんか子供なんだろうけど…
でも…
でも、私は…


そんな私の気持ちを察したのか、

「姉さん!違うんです
確かに子供を指す事もありますが、女性を指す事もあるんです。」

慌てて説明を付け加えてくれた。
慎ちゃんの様子が、おかしくてクスクス笑いながら、
「大丈夫だよ。怒ってないよ。」

そうこたえると、慎ちゃんが急に真面目な顔をして撫子の花を持った私の手を包むようにして握った。



「…姉さん…
姉さんは俺にとって、大切な撫子です。
できるなら…、その花をこの手で手折りたい…
…俺は姉さんが…」


そこまで言うと慎ちゃんは、ハッと我に返ったようになって手を離し私に背を向けた。


「な、な、なんでもないっす
今言った事は忘れてください!」


私は慎ちゃんに、そっと近づき耳元に囁いた。


「……………」


「!?」


慎ちゃんが驚いた顔をして私の顔を見つめる。

私は黙って笑って、コクリと頷いた。

慎ちゃんの腕が私を引き寄せ、力強く抱きしめる。


「本当に…
本当にいいんすか…?」


慎ちゃんの吐息が耳にかかって、ゾクリとする。


私は返事をするように、慎ちゃんの背中に手を回してキュッとした。



「…どうなっても知らないっすよ?」



今までみた事のない慎ちゃんの顔にドキリとする。




でも、大丈夫…


だって、私はずっと慎ちゃんの事が好きだったんだよ?



だから…





手折られるならあなたがいい…






〜終〜

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