幕恋短編集 慎太郎編

□ありのままで…
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「おかえりなさい、慎ちゃん。」


寺田屋に戻ると、貴女が笑顔で出迎えてくれた。


「ただいまッス。」


出迎えてくれる人がいる。
こんなにも温かくて、嬉しいものなんだ。

じんわりと幸せを感じていた。

それなのに…

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「それでね、龍馬さんたらね…」


「はぁ、そうッスか…。」


せっかく貴女と二人きりなのに、さっきから貴女は龍馬さんの話ばかり…。

正直言っておもしろくない。

とても楽しそうに話す姉さんの表情は、俺の心の隅に押しやった感情を、否応なしに揺さぶり続ける。

俺が今どんな気持ちでいるかなんて、貴女は微塵も感じていないんだ。

それが貴女らしいと言えば、貴女らしいんだけど…。

でも…

…もう、限界だ…。



俺の前で、他の男の話を楽しそうにしないで!



心の中で何かが弾けた。


貴女を乱暴に俺の胸に引き寄せ、力いっぱい抱きしめる。


「し、慎ちゃん!?どうしたの!?」


声色から貴女が当惑しているのがわかる。

でも、もう止める事は出来ない。


「すみません。俺…、貴女のことになると抑えがきかないっス。」


俺だけを…

俺だけを見ていて欲しい。

俺以外の誰かと、楽しそうにして欲しくない。

俺だけの姉さんでいて欲しい。

こんな自分勝手な醜い感情を、貴女に知られるのが怖かった。

あの笑顔が曇って、拒絶されたら…。

そう思うと怖くて…!

だから、俺は自分の感情に蓋をしたんだ。

貴女の前で見せる「慎ちゃん」でいる事で、貴女の一番近くにずっといたかった。

どんな形でもいい…。

ただ、貴女のそばにいられれば…

そう思っていた…。

でも駄目なんだ!

日に日に大きくなっていく、貴女への気持ちは、どんなに蓋をしても抑えきれず溢れてくる。

このまま「慎ちゃん」のままではいられない!

龍馬さんにも、他の誰にも貴女を奪われたくない!

もう、逃げない。

ありのままの自分をさらけ出しても、この感情は隠さない。

例え、拒絶されても…

でないと、俺は前に進めない!

抱きしめた腕に、力を込める。


「俺は貴女が好きです…。
これからずっと、俺のそばで、俺だけを見ていてください。」



願うように、そう貴女に告げた。






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