幕恋短編集 慎太郎編

□夢うつつ〜あなたに逢いたい〜
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部活帰りの電車の中、今日は遠征試合のため、朝早くから家を出て、遅くまで稽古していたせいか、おれは睡魔に襲われていた。
おれが乗ってる車両は、終電に近い事もあってか、おれと平助と、酔いつぶれて座席でひっくり返って寝ている、年配の会社員のみで静かだ。
電車が、更に眠りを誘うように揺れて、おれを夢の世界へ誘う。
隣に座っている平助は、既に大きな口を開けて眠っていた。




おれも、そろそろヤバイっす…。




自然と降りてくる、重たくなった瞼に抗う術もなく、おれは誘われるまま、夢の世界へ落ちて行った。




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎




見渡す限り、真っ白な世界…




何もない、誰もいない。




空も、太陽も、風も匂いも、何も無い。




夢とはいえ、あまりにも空虚な世界に、もうちょっと、生活感を感じる世界を夢見れなかったのかと苦笑していると、




「…慎太さん…、慎太さん…。」




おれを呼ぶ、懐かしい声が聞こえてきた。




えと…、あれ…誰だっけ?




凄く懐かしくて、心の安まる声…。




おれは生まれる前から、この声を知っている気がする。




ゆっくりと、声のする方へ顔を向けると、誰も居なかった筈なのに、髪の長い女の子がこちらを向いて佇んでいた。
白い靄がかかったようになって、顔がハッキリとは見えない。
けど、おれはその姿を見た瞬間、胸が震えて、どうしようもないほどの愛しさが溢れ出し、気付くと彼女に駆け寄って、その体を抱きしめていた。




腕の中に感じる、彼女の温もりと匂い




胸に去来する想いが、雫となって瞳から溢れ出す。




やっと、逢えた…。




彼女が誰なのか分からないのに、そんな風に思う自分が不可解でならなかった。
けれど、心は喜びに満ちていて、幸せな気持ちになる。




この夢から覚めたくない。
ずっと、こうしていたい。
いつまでも、この夢が続けばいいのに…




そう、思った矢先、突然、世界がグラグラと揺れ出し、けたたましくおれの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。




「慎太!慎太!!おい、しっかりしろ!!」




その声が聞こえた途端、おれの体は強い力にひっぱられ、彼女の体から引き離された。




待って!待ってくれ!!




必死でその力に抗おうとするが、為す術もなく、彼女から離れていく。




このまま、別れるなんて、絶対に嫌だ!




「また、逢えますか!?」




無意識におれは、そう叫んでいた。




「あなたが、私に逢いたいと強く思ってくれるなら!」




おれの叫びに、彼女は嬉しそうな声で答えてくれた。




「わかりました!必ず!必ず、逢いにいきますから!!」




小さくなっていく彼女に届くよう、必死に叫んだ後、おれは現実の世界で目を覚ました。




「やーっと、目、覚ましたぁ…。」




心底ホッとしたような、顔をする平助の顔が目の前にあった。




「ちょっと寝てただけっすよ。そんな騒がなくても…。」




ため息を尽きながら、呆れたように言うと、




「だって、目覚ましたらよぉ、お前、ボロボロ泣いてんだもん!普通、びっくりするだろう?」




平助は口を尖らせながら、返してきた。




「えっ?」




平助の言葉に、おれは慌てて目や頬に手をやると、涙が伝って濡れた痕跡を確認した。赤面しながらそれを手で拭っていると、




「どんな夢、見てたんだ?」




何気なしに、平助が尋ねてきた。




「どんなって…」




確かに夢だった。自分も夢だと思う。
でも、何故、夢に出てきた知らない女の子を懐かしく感じ、愛しいと、また、逢いたいと、思ったんだろう?
彼女を抱きしめた時に感じた、温もりや匂いも、とてもリアルだった。
彼女がくれた言葉も声も…




本当に夢?だったのか?




「おい、慎太?どうしたんだ?」




黙りこんだおれの顔を、心配そうに覗きこんできた平助の表情に、我に返ると、




「なんでもないっすよ。平助、心配してくれてありがとう。」




と、笑って答えた。
すると、平助は、




「そっか…。でもさ、なんかあったら、ちゃんと言ってくれよ?
おれ、あんま頼りになんねぇかもしれねぇけど、慎太が悩んだり、困ってんなら、どんな小さな事でも、力になるからさ!」




そう言って、微笑んでくれた。
平助の気持ちが嬉しくて、胸がいっぱいになる。




「……了解っす。ありがとう、平助!」




そう答えると、平助は照れ臭そうに笑った。
おれもつられて、笑顔になる。




平助なら、さっき見たおれの夢の話を笑わずに、聞いてくれるかもしれない。




夢か、うつつか分からない女の子の話も…
おれ自身不可解な、自分の気持ちも…




「あのさ、平助…。
さっき、おれが見た夢の話なんすけど…」




おれは口を開くと、平助に夢の事を話しはじめた。




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎




話し終えると、黙っておれの話を聞いていた平助は、何故か興奮していた。




「それってさ、それってさ!
やっぱ、前世の記憶とかなんじゃねぇの!?
うわー、マジかよー!
テレビで見るだけの話かと思ったら、まさか、すぐ近くでそんな話が聞けるなんて!」




目をキラキラさせながら話す平助。




「んー、そうなんすかね?
記憶って言っても、その女の子はおぼろげで、顔も名前もわかんないんすよ。
ただ、その…、気持ちだけがハッキリと残ってるだけで…。
でも、今日、初めて見た夢なんすよねー。なんで、突然…。」 




顔も名前もわからない、しかも夢の中であっただけの女の子に、突然、抱いた感情を、おれ自身、受け入れきれずに、戸惑っていた。




「そりゃ、あれだ!
相手が、慎太に逢いたいって強く願ったからじゃねぇのか?
その気持ちが強いから、お前のとこまで届いたんだよ。
その子も言ってたんだろ?
お前がその子に逢いたいって、強く思えば逢えるって!」




「そう、なんすけど…。」




平助の考えに、同意しながらも、やっぱり非現実すぎて、おれは咀嚼しきれない。




「だったら、そうしろよ!
お前、その子に逢いたいんだろ?
夢の中の事かもしんないけどさ、彼女の存在を感じたんだろ?
なら、この世の何処かに、その子がいるかもしんないじゃん!
逢えるかもしんないじゃん!」




「そうかな…」




「そうだよ!お前、頭で色々考えすぎ!目で見えるものが全てじゃない。かたちのないものの方が、大切な時だってある!
自分の気持ちに素直に従え!
じゃないと、お前は、その子に逢いに行く事もできないぞ!
夢の中でさえな!」




「…それは嫌だ。」




まくしたてる平助の言葉に、思わず本音が出た。




「あ…。」




慌てて口を手で抑えると、ニンマリ笑う平助が目に入った。
顔にカァーっと、熱が集まるのを感じる。




「笑わないで欲しいっす…。」




いたたまれない気持ちを、消え入りそうな声で零すと、平助は、




「お前のせいだろ?」




そう言って、カラカラと笑った。
おれは、平助から顔を背けると黙りこんだ。




「わりぃ、わりぃ、怒んなよ!」




笑いながら謝る平助に、ムッとして、言葉を返さずにいると、




「お前さぁ、明日、稽古休みだけど、用事ある?」




平助はその事に、意も介さずに尋ねてきた。
特に用事はなかったので、「別に。」と短く返すと、




「明日さ、七夕じゃん?
おれが子どもの頃、通ってた道場で七夕パーティするんだってよ。
先輩に誘われてんだけど、お前も来いよ!」




と、平助が誘ってきた。




「部外者が、行っていいんすか?」




溜息をつきながら尋ねると、




「大丈夫だって!そんな事気にする人達じゃないし、なんっつうかアットホームな道場なんだよ!
先輩もいい人だしさ!な!な!
はい!決まり!」




おれの意向も聞かずに平助は、強引に明日の七夕パーティに参加することを、決めてしまった。




「七夕パーティって、何するんすか?」




七夕でパーティなんてした事が無いおれは、何をするのか皆目見当がつかなかった。




「え?何って…。
飯食って、騒いで、普通のパーティと変わんないんじゃねぇの?
あ、今年は流しそうめんするって言ってたな!
でもさ…、七夕って言えばさ、一番は短冊に願い事を書いて、お願いする日だろ?」




平助の説明をそこまで聞いて、おれは何故、平助が、おれを七夕パーティに誘ったのか理解した。




「……世話焼きっすね。」




クスクス笑いながら、平助に言うと、平助はちょっと顔を赤らめながら、




「うるせー!笑うな!!」




と、膨れて言った。




「あははは、ゴメン、ゴメン!」




フグみたいに膨れた平助が可笑しくて、笑いながら謝ると、




「それ、全然、謝ってる態度じゃねぇし!」




平助はプリプリしながら、ソッポを向いてしまった。




あー、怒らせてしまったみたいっすね…。




その行動を子どもっぽいと思いながらも、平助がおれの事を思って、七夕パーティに誘ってくれたのに、からかうような事言ったり、笑ったりして悪かったかなと思った。
でも、おれは謝るより、むしろ…




「あのさ、平助…。」




「なんだよ!?」




振り返りながら、つっけんどんに返す平助に、おれは、




「ありがとう。」




そう言って、笑顔を浮かべた。




「な、な、な、な、なっ!?
なんで、礼なんか…って言うか、普通、そこは謝るとこだろー!?」




おれに急に礼を言われて照れくさいのか、真っ赤になりながら、ツッコミを入れる平助。




「んー、なんか、『ゴメン』って言うより、『ありがとう』って言いたくなったんすよね。」




夢かうつつか、わからないおれの話を聞いたら、普通、どれだけファンタジーな頭してるんだと馬鹿にされ、笑い飛ばされるだろう。
でも、平助は馬鹿にすることもなく、そのまま受け止めてくれて、この世界にいるかどうかも分からない女の子に、逢いたいと願うおれを応援してくれた。
そんな平助の気持ちが、嬉しかった。
平助が、おれの友達で良かったと、心から思った。
だから、おれは平助に「ありがとう。」って、言いたくなったんだ。




おれの言葉にしばらく平助は黙っていたけど、頬を人差し指で掻きながら、




「なんだよ、それ…。」




って、照れくさそうに笑って言った。
おれも、なんか照れくさくなってきて、平助と顔を見合わせながら笑った。
それから少しして、平助が下りる駅の車内アナウンスが流れた。




「っと、おれ、降りねぇと…。」




平助はそう言って、スポーツバッグを肩にかけ、立ち上がると、おれに振り返った。




「明日、約束だかんな!忘れんなよ!時間とかはまた、後で連絡するから!」




念押しするように言う平助に、おれが苦笑いしながら、




「はいはい。了解っす。」




と、答えると、平助は「よし!」と満足そうに頷いた。
電車が緩やかにホームに停車する。




「じゃあ、また明日な!お疲れさん!」




二カッと笑って、手をあげる平助に、




「また、明日っす!お疲れさま」




そう言って、笑顔を返した。
電車を降りていく平助。
扉が閉まり、電車がユックリと動き出すと、窓の外におれに手を振りながら、改札口に向かう平助の姿が見えた。
おれも平助に、手を振り返し、電車の窓越しに、その背を見送った。
車内に、次の駅を告げるアナウンスが流れる。
電車が次の駅へ向かって、少しずつスピードを上げて、ホームから出て行く。
電車がホームを出ると、おれは背にある窓から、夜空を見上げた。




「七夕か…。」




そう、呟くとおれは口元を緩める。




短冊に願い事するなんて、子どもの頃以来、やった事が無かったな。




自分が短冊に書いた願い事を思いだしながら、昔を懐かしむ。
それとは別に、夢の中に出てきた彼女と一緒に、七夕飾りで飾られた笹を眺めている映像が、不意に頭に浮かんだ。 
前世の記憶なのか、自分の願望なのか、わからない。




彼女に逢いたい…。




その気持ちが、更に強くなる。




顔も名前も知らないのに…。
それどころか、この世界に存在するかどうかもわからない、夢の中の幻かもしれない彼女に、こんな気持ちになるなんて…




この気持ちは、どこから湧いてくるんだろう。




いや、今、そんな事はどうでもいい。
溢れてくるこの気持ちを、抑える事は出来ない。




だから、おれは強く願う…。




それが、どんなに非現実的でも、絵空事のようでも…








どんな形でもいい…








おれは




あなたに




逢いたい…。












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