幕恋短編集 慎太郎編

□甘い茶の湯は幸せの味
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「ふー、やっと終わったっす!」

書状を書き終え、グッと伸びをすると、そのまま畳にゴロンと横になった。
僅かに開けた障子からは、夜気を孕んだ、少し冷たい秋風が入ってくる。
庭からだろうか?
聞こえてくる虫の音に、秋の深まりを感じながら、目を閉じ、耳を傾けていると、

「慎ちゃん、まだ起きてる?」

部屋の襖越しに、声をかけられた。

こんな夜更けに男の部屋に訪れるなんて、警戒心がないっすね・・・

少し呆れながら、ふぅ、と溜め息をつくと、

「はい、起きてるっすよ!」

返事を返して、ムクリと体を起こす。

「お茶持ってきたんだけど、入っていい?」

「あ、ありがとうございます。どうぞ。」

そう言うと、襖が開いて、姉さんがお盆に湯飲みを二つのせて、部屋に入ってきた。

「遅くまでお疲れ様。」

柔らかな笑顔で、労いの言葉をくれた姉さんは、おれの前に座り、お盆を横に置くと、湯飲みをとり、「どうぞ。」と、おれに手渡してくれた。

「ありがとうございます。」

礼を言いながら、湯飲みを受けとると、湯飲みから、甘い薫りが漂ってきた。

「姉さん、これは?」

不思議に思って、姉さんに尋ねると、

「えっとね、これは金木犀のハーブティーって、わかんないか。金木犀のお茶だよ。
金木犀の沢山咲いてる家を、見つけて、その家の人にお願いして、お花を摘ませてもらって、作ったの!いい薫りでしょ?」

と、にこにこしながら、こたえてくれた。

「姉さんが、作ったんですか?」

改めて確認するように問うと、

「うん。向こうの時代にいた時は、お母さんが家の庭にある金木犀で、作ってたの。
あのね、金木犀のお茶って、凄いんだよ!
ストレスを軽減するリラックス効果や、イライラや不安を減らす鎮静作用とか、目や、肌、胃腸や肝臓、のどにもいいんだよ!あと、ダイエットや、アンチエイジングとか、それから、それから、えっと・・・」

目をキラキラさせながら、金木犀のお茶の効果を力説する姉さんが、可愛らしくて、思わずクスリと笑うと、姉さんはハッとしたような顔をしながら、顔を赤らめた。そして、

「ご、ごめん。つ、つい。
と、とにかく、体にいいの!
慎ちゃん、ここのところ、遅くまで部屋に明かりがついてたから、あまり寝てないでしょ?
だから、心配で・・・、私・・・・」

そう言うと、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。

「・・・おれの為に、作ってくれたんですか?」

淡い期待を持ちながら、尋ねてみると、姉さんは黙ったままコクリと頷いてくれた。
その瞬間、おれは言葉に言い表せないほどの喜びで、天にも昇るような気持ちになった。

姉さんが、おれの為に・・・

喜びを隠しきれず、おれは満面の笑みを浮かべると、

「ありがとうございます!
嬉しいっす!
では、遠慮なくいただきます!」

そう言って、湯飲みに口をつけた。

鼻をくすぐる上品な薫りと、口にひろがる、ほんのり甘く、まろやかで、とても優しい味。

金木犀のお茶に、ホッと、癒された気持ちになる。

「旨いっす・・・」

おれが姉さんに笑顔を向けて、金木犀のお茶の感想を告げると、姉さんは顔を上げて、頬を染めながら、花の様に笑った。

姉さん・・・
おれ、自惚れてもいいですか?
少なからず、姉さんも、おれの事を想ってくれていると・・・

嬉しそうに、自分の湯飲みに口をつけた姉さんを見つめながら、一時の幸せを噛み締めると、おれもまた、湯飲みに口をつけた。
お茶から漂う金木犀の甘く優しい薫りが、胸の奥で燻るおれの想いを、柔らかく包んでくれたような気がした。








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