幕恋短編集 武市編

□伝えたい気持ち
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朝晩の冷え込みが増し、家の軒先や庭の木々が深く色付いて、秋の深まりを感じるようになった、今日、この頃…

私は、寺田屋から少し歩いた所にある、「ごこんさん」の愛称で親しまれている、御香宮神社に来ていた。
なんでも、本殿の近くに湧き出ている「御香水」という水は、病を治す力があるんだとか…
おかみさんから、その話を聞いた私は、聞くが早いか、その水を汲みに来たのだ。
というのも、昨日から、武市さんが咳をしているのが、気になったから…
お医者さんにみてもらってくださいって、お願いしても、大した事ないからって、笑って返されて…
けど、すごく気になってて…
だから、おかみさんに、「御香水」の話を聞いた時は、コレだ!と思って、おかみさんに竹筒の水筒を貸してもらって、ここまで走ってきた。
走って熱を持った体を、少し冷たい秋の風が冷やしてくれる。
朱色の鳥居と、立派な正門をくぐって長い参道を歩いていると、立派な銀杏の木が立っていた。
綺麗な黄色の絨毯を敷き詰めたように、銀杏の葉が地面を覆っている。
私はその中で、大きくて綺麗な葉を拾って、懐から懐紙を出すと、そこに挟んでしまった。

これを栞がわりの押し花にして、武市さんにプレゼントしたら、喜んでくれるかな?

普段、趣を大切にしてる人だもん。
喜んでくれるよね?

武市さんの笑顔を想像して、ニヤけてしまう自分に気づいて、慌てて、本来の目的に戻った。

長い参道の先に、鮮やかで綺麗な拝殿、本殿へと辿り付くと、武市さんの風邪が早く治りますようにと、お賽銭を入れてお願いしてから、「御香水」の湧き出てる所で、水を汲んだ。竹筒に「御香水」を移し終わり、顔を上げると、本殿の裏から赤い葉がチラリと見えた。

紅葉かな?だったら、紅葉の葉も押し花の栞にしよう!

そう思って、そちらに足を向けた。
チラリと見えた赤い葉は、やっぱり紅葉で、さっき見た銀杏ほど葉は落ちてなかったけど、それでも、地面をうっすらと赤く覆う位には、落葉していた。
私はしゃがんで、一番赤く染まった、綺麗なものを選ぶと、さっきの銀杏と一緒に懐紙に挟んだ。

よし!早く帰って、この水を武市さんに渡して、押し花を作ろう!

そう、思って、寺田屋に戻ろうと踵を返すと、誰かにぶつかった。

「す、すみません!」

私は、慌てて頭を下げる。

「大丈夫だよ、君は?」

聞きなれた声に、思わず顔を上げた。

「た、武市さん!?な、なんで、ここに!?」

目の前にいる武市さんに、驚きを隠せないでいると、武市さんは、そんな私を見て、

「君が、一人で出て行くのが見えて、また、迷子になったりしないかと思ってね。念の為に、ずっと、後ろについてたんだ。」

と、クスクス笑いながら教えてくれた。

嘘!?全然、気付かなかった…。

武市さんが、ずっと付いていてくれたことに、全く気づかなかった自分の鈍感さに呆れていると、

「君の方こそ、どうして、この神社に来たんだ?」

武市さんが、尋ねてきた。
武市さんの声に、ハッと我に返ると、

「あ、あの…、ここのお水が、病に効くって、聞いて…、その…、武市さんは、大丈夫だって言ってたけど、やっぱり、気になってて…、だから、ここに…。」

普通に話せばいいのに、なんか、恥ずかしくって、モゴモゴしながら、答えてしまった。

「僕の為に?」

武市さんが、静かにたずねる。
こくりと頷いた私は、なんだかバツが悪くって、紅い顔を見られないように、下を向いたままでいた。

「…ありがとう。」

その言葉に、パッと顔を上げると、武市さんが凄く嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

この人の笑顔はなんて、破壊力があるんだろう。

鼓動が一気に速くなる。
身体中が熱くなって、頭がクラクラする。
気を抜けば、悶絶しそうな勢いだ。
胸がドキドキして、苦しくて仕方ないのに、その笑顔から、目を逸らす事が出来ない。

「おいで…」

微笑みながら差し出された手
秋風に吹かれてなびく綺麗な髪
私を優しく見つめる、深い海と同じ色の瞳

吸い寄せられるように、私がその手をとると、武市さんは柔らかく笑って、

「帰ろうか…」

そう言って、私の手を引いて、歩き出した。

繋がれた右手から伝わる、温もり。
胸にジンワリと、幸せがこみ上げてくる。
気持ちが溢れてくる。


でも、今はまだ、その気持ちを伝える勇気がないから…


私は目を瞑って、言葉の代わりに、繋いだ手にキュッと力を込めた。


貴方の事が、大好きです…


そう、自分の気持ちを伝えるように…


不意に、その手がギュッと強く握り返された。
私は、思わず目を開いて、武市さんの顔を見ると、私を見つめて、はにかむように笑う武市さんが目に映った。

胸が、とくんと、一つ鳴る。

その笑顔の意味を、計る事は出来ない。

でも、手を握り返してくれたことが、私に微笑んでくれたことが、とても嬉しくて、自然と笑みが零れた。
ふと、武市さんは私をみつめたまま、歩みを止めた。
黙ったまま、私を見つめる武市さんの様子が気になって、

「武市さん?」

名前を呼ぶと、武市さんはハッと我に返ったような顔をしたかと思うと、赤く染めた顔を、くるりと前に向けて歩き出した。私の前を歩くようにして、手をひかれる。
いつもなら、色づいた木々に目をとめ、季節を感じようとする武市さん。
でも、今日はそれに目もくれずに黙々と、歩いている。いつもの落ち着いた武市さんからは想像できない、その様子に、戸惑う。

「あ、あの…」

どうされたんですか?そう、続けようとした時、繋がれた右手が、更にギュッと強く握られて、私は言葉を飲みこんだ。

強く握られた右手の意味を、理解しようと、武市さんが、今日見せてくれた表情や様子を思い返してみた。


……まさか
そんな事って…

膨らむ期待

……武市さん

私、思い上がってもいいですか…

武市さんも、私の事、想ってくれてるって…

私の手を引いて歩く武市さんの背中を見つめながら、銀杏と紅葉を挟んだ懐紙を納めた懐に手を当てると、私は小さな覚悟を決めた。

銀杏と紅葉の押し花の栞を作ったら、武市さんに栞と一緒に、この気持ちを伝えよう。


貴方が大好きです。


今度はちゃんと言葉にして、まっすぐに貴方を見つめて、伝えるから、その時は聞いてくださいね。

髪をかけた耳が赤い武市さんの背中に、クスリと笑うと、私は心の中で話しかけた。




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