幕恋短編集以蔵編

□ただいまの言葉と共に
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日常茶飯事のように命のやり取りをしている俺にとって、「死」は常に隣合わせにある。
今日を終える事が、明日を迎える事ができるのか分からないような毎日。
だが、俺は、龍馬や慎太、先生、そして仲間の為になるなら、いつ、どこで散っても構わない…。
そう思っていた…。


【ただいまの言葉と共に】


「今日は、もういい。以蔵、お前は、寺田屋に戻れ。」

「承知。」

先生の言葉に頭を下げると、俺は長州藩邸を後にした。
吹き抜けていく風に秋の色を感じ、夏の終わりに気付かされる。
顔を上げると高く澄み渡った青空に、白く小さな雲が多数の群れを為すように広がっていた。
太陽の日差しも柔らかなものになり、心地よい温かさに包まれる。

また、一つ季節を迎える事ができたな…

そんな事を思っていると、不意に、あいつの顔とあいつのくれた言葉が浮かび、口元が緩んだ。


『以蔵が無事に帰ってきて、「ただいま」って言葉をくれたら、私は、それだけで幸せな気持ちになれるんだ。
他には、なんにもいらない。
だから、これから先も、「ただいま」って、言葉を私に聞かせて欲しい。
私は、ここで以蔵の帰りを待ってるから。
一番に笑顔で、「おかえりなさい」って、あなたを出迎えるから!
だから、必ず帰ってきてね!』

頬を染めながら、そう言ってくれた。

嬉しかった。

そんなことを言ってくれる奴が、俺の前に現れるなんて、思いもしなかった。

……。

………。

お前が俺の帰りを、待ってくれているなら

お前が俺の「ただいま」の言葉を望んでくれるなら

お前がそれを、幸せだと言ってくれるなら

どんなに罵られても、蔑まれても、恨まれても、呪われても、俺は必ず生きて帰る。

お前の待つ場所へ…


「ただいま」の言葉と共に…


今日は、土産を買って帰ろうか…


俺はあいつの喜ぶ顔を頭に浮かべながら、寺田屋への帰路についた。




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