その他小話

□何にもねぇおれの、たった一つだけの宝物
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「だから、無理し過ぎだって言ったのに…!」

「ちょっと熱出ただけじゃねぇか…。
大丈夫だって!心配すんな!」

憂い顔で、おれの額の汗を手拭いで拭う藍に、苦言を呈され、おれは、大袈裟だなとカラカラと笑って応える。

「ちょっとじゃないよ!すっごく、熱高いじゃない!心配するよ!」

おれの態度と、答えが気にいらなかったのか、藍は、猛然と反論してきた。
おれを睨んだ瞳には、うっすらと涙が滲み、おれの事を心底、心配しているのだという気持ちが伝わってきた。

「…ごめん。」

藍の表情に、バツが悪くなって、おれは小さな声でボソッと謝ると、藍から目を逸らした。

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

あの夜、油小路で斬られたおれは、新八っつぁんと左之さんの助けを借りて、なんとか生き延び、今、長州藩邸で厄介になっている。
多分、土方さんが色々手を回してくれて、おれと藍を助ける為に、新八っつぁんや、左之さんに指示したり、敵であるはずの長州の高杉達に、おれ達の事を頼んでくれたんだろう。

ほんと、あの人には、かなわねぇな…

どんなに追いかけても、追いつけなかった、『誠』を背負った、あの大きな背中を瞼に浮かべ、感謝した。

負った傷は、けっこう深かったみたいで、長州藩邸に辿りついた後、おれは意識を失った。
数日、昏睡状態が続き、目を覚ますと、傷の傷みで、起き上がる事もままならない自分と、今、自分が置かれている状況に、どうしようもない虚無感が押し寄せてきた。

なーんも無くなっちまったな…

一緒に馬鹿やった仲間も…
居場所も…
自分の為すべき道も…

おれが意識を取り戻したことに、泣いて喜ぶ藍の顔を見ながら、こんなおれがコイツを幸せにしてやれるのか?と自問自答する自分に、問うまでもないだろう?と乾いた笑いが出た。



ろくに動く事もできなかったおれを、藍は毎日、甲斐甲斐しく世話をし、その日あった出来事や、見た事などを楽しそうに話してくれた。
藍の笑顔が、声が、仕草が…
その存在、全てが、愛おしくて、ずっと、このまま一緒に居たいと願ってしまう。

けど、それは無理なんだ…。

答えは出ているのに、その答えと、自分の願いの狭間で、おれは苦悶していた。

少しずつ癒えていく傷と、心の中に拡がっていく負の感情

やっと、ゆっくりだけど、自分の足で歩けるまでに回復してから、少しして、藍に、天気がいいから、散歩しないか?と誘われた。

『時が来た』と思った。

何処に行きたいか尋ねられ、おれは、一つ深く息をすると、

「…神社」

そう答えた。

その途端、藍は驚きを隠せないように目を見開き、戸惑いながらも、おれの答えの真意を理解したようだった。
改めて、未来へ帰るように言うと、藍は、

「なんで、そんなこと言うの?」

と、ものすげぇ不服そうに尋ねてきて、おれは一瞬、たじろいだ。

けど…

これ以上、藍をここにとどめておいたら、おれは、藍を手放せなくなる…
幸せにしてやれないのに、おれのワガママで、藍をここに縛りつけて置く訳にはいかねぇ…。

おれは腹を括ると、すぐさま笑顔を作り、身を切るような思いで、

「あの時とは状況が変わった。今のおれには何にもねぇ。
ぜーんぶ失っちまったおれが、あんたを幸せにできるはずもねぇだろ?」

なるべく、明るく、平然として答えた。

藍の幸せの為には、未来へ帰るのが一番なんだ…

そう、自分に言い聞かせながら…

藍はしばらく黙ったまま、おれをまっすぐに見つめていた。
その視線に動揺しながらも、おれは明るく笑うフリを続ける。
不意に、藍が身を乗りだして、おれとの距離を縮め、

「ほんとにそう思ってるの?」

おれの心の中を見透かしたかのような目で、尋ねてきた。

「な、なんだよっ!?」

突然の至近距離と、厳しい追求の目に激しく狼狽える。

「ほんとに、ほんとに、そう思ってるの?」

さらに追求され、背中に嫌な汗をかきながら、

「……ああ。」

短く返すと、藍は黙ったまま、おれの目をじぃーっと、まっすぐに見続けた。

「……。」

「……。
あー、もうっ!わかった、わかったから、そんな目でおれを見るのは止めてくれ。
…正直に白状するっ!
ったく、土方さんの尋問以上だな。
藍には、かなわねぇよ。」

藍の無言の圧力と、追求の目に耐え切れず、おれは降参すると、そう言って、ぽりぽりと人差し指で頬を掻きながら笑った。

せっかく、腹を括って、未来へ帰るように言ったのによ…
全部、見透かされてんだもんなぁ…

そんな自分が滑稽で、情けなくて、恥ずかしいのと同時に、どこかホッとしている自分に、気付いて苦笑いする。

おれは深呼吸をすると、覚悟を決めて、

「お、おれは…。
おれは、藍が好きだ。ずっと一緒に居たい!」

藍に想いを告げた。

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

それから、今に至るわけで…

あの時、おれの告げた想いに、藍は応えてくれた。
おれの事が好きだと、ずっとそばに居たい、未来には帰らないと言ってくれた。

嬉しかった。

何にもねぇおれでも、必要としてくれる事が…

そばに居たいと、言ってくれた事が…

けど、おれが、藍にしてやれる事は、今も未来も、悲しみも、喜びも、全部まるごと、藍の全てを抱きとめてやることだけだ。

だから、一日でも早くまともに動けるようにと、身体を動かす練習をやりすぎちまって、無理がたたっての、この発熱事態。

あー、もう、本当、何やってんだか…

気合いが空回りして、思うようにいかない現実に、気が滅入った。

「ほら、そんな顔しない!」

その言葉と同時に、頬をつつかれ、藍の方に視線を戻すと、藍は、フワリと笑って、言葉を続けた。

「焦らなくていいよ。今は、じっくり身体を治す事だけを考えて!
あ、そうだ!
治ったら、二人で、お汁粉屋さんに行こうよ!
だから、早く治してね!」

そして、にっこりと笑う藍。

「ぷっ!なんだよ、それ!
じっくり治せって言ったり、早く治せって言ったり、どっちなんだよ?……あはははは!」

おれは、藍の言葉に思わず吹き出し、突っ込んだ。

「え?あ!う〜…///」

おれに指摘されて、自分がおかしな事を言ってると認識したのか、藍は真っ赤な顔で俯いた。
その様子が愛しくて、おれは身体を起すと、藍の頬に触れた。

「わかったよ。
焦らず、じっくり、早く傷を治して、あんたと汁粉食べに行く。
これが、まず一番初めの目標な!」

動揺する藍に微笑みかけながら、おれが、そう言うと、藍は頬を染めながら、

「うん!」

と、大きく頷いて、花のように笑った。
その笑顔に、胸の中に幸せが拡がって、満ちていく。

何にも無えおれの、たった一つだけの宝物だよ、あんたは…

おれはクスリと笑うと、

「約束な!」

そう言って、藍の額に自分の額をコツンと重ねて、この宝物と一緒にいられる奇跡に感謝すると同時に、胸に誓った。


ぜってぇ、あんたを離さねぇからな…


終わり

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