その他小話
□何にもねぇおれの、たった一つだけの宝物
1ページ/1ページ
「だから、無理し過ぎだって言ったのに…!」
「ちょっと熱出ただけじゃねぇか…。
大丈夫だって!心配すんな!」
憂い顔で、おれの額の汗を手拭いで拭う藍に、苦言を呈され、おれは、大袈裟だなとカラカラと笑って応える。
「ちょっとじゃないよ!すっごく、熱高いじゃない!心配するよ!」
おれの態度と、答えが気にいらなかったのか、藍は、猛然と反論してきた。
おれを睨んだ瞳には、うっすらと涙が滲み、おれの事を心底、心配しているのだという気持ちが伝わってきた。
「…ごめん。」
藍の表情に、バツが悪くなって、おれは小さな声でボソッと謝ると、藍から目を逸らした。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
あの夜、油小路で斬られたおれは、新八っつぁんと左之さんの助けを借りて、なんとか生き延び、今、長州藩邸で厄介になっている。
多分、土方さんが色々手を回してくれて、おれと藍を助ける為に、新八っつぁんや、左之さんに指示したり、敵であるはずの長州の高杉達に、おれ達の事を頼んでくれたんだろう。
ほんと、あの人には、かなわねぇな…
どんなに追いかけても、追いつけなかった、『誠』を背負った、あの大きな背中を瞼に浮かべ、感謝した。
負った傷は、けっこう深かったみたいで、長州藩邸に辿りついた後、おれは意識を失った。
数日、昏睡状態が続き、目を覚ますと、傷の傷みで、起き上がる事もままならない自分と、今、自分が置かれている状況に、どうしようもない虚無感が押し寄せてきた。
なーんも無くなっちまったな…
一緒に馬鹿やった仲間も…
居場所も…
自分の為すべき道も…
おれが意識を取り戻したことに、泣いて喜ぶ藍の顔を見ながら、こんなおれがコイツを幸せにしてやれるのか?と自問自答する自分に、問うまでもないだろう?と乾いた笑いが出た。
ろくに動く事もできなかったおれを、藍は毎日、甲斐甲斐しく世話をし、その日あった出来事や、見た事などを楽しそうに話してくれた。
藍の笑顔が、声が、仕草が…
その存在、全てが、愛おしくて、ずっと、このまま一緒に居たいと願ってしまう。
けど、それは無理なんだ…。
答えは出ているのに、その答えと、自分の願いの狭間で、おれは苦悶していた。
少しずつ癒えていく傷と、心の中に拡がっていく負の感情
やっと、ゆっくりだけど、自分の足で歩けるまでに回復してから、少しして、藍に、天気がいいから、散歩しないか?と誘われた。
『時が来た』と思った。
何処に行きたいか尋ねられ、おれは、一つ深く息をすると、
「…神社」
そう答えた。
その途端、藍は驚きを隠せないように目を見開き、戸惑いながらも、おれの答えの真意を理解したようだった。
改めて、未来へ帰るように言うと、藍は、
「なんで、そんなこと言うの?」
と、ものすげぇ不服そうに尋ねてきて、おれは一瞬、たじろいだ。
けど…
これ以上、藍をここにとどめておいたら、おれは、藍を手放せなくなる…
幸せにしてやれないのに、おれのワガママで、藍をここに縛りつけて置く訳にはいかねぇ…。
おれは腹を括ると、すぐさま笑顔を作り、身を切るような思いで、
「あの時とは状況が変わった。今のおれには何にもねぇ。
ぜーんぶ失っちまったおれが、あんたを幸せにできるはずもねぇだろ?」
なるべく、明るく、平然として答えた。
藍の幸せの為には、未来へ帰るのが一番なんだ…
そう、自分に言い聞かせながら…
藍はしばらく黙ったまま、おれをまっすぐに見つめていた。
その視線に動揺しながらも、おれは明るく笑うフリを続ける。
不意に、藍が身を乗りだして、おれとの距離を縮め、
「ほんとにそう思ってるの?」
おれの心の中を見透かしたかのような目で、尋ねてきた。
「な、なんだよっ!?」
突然の至近距離と、厳しい追求の目に激しく狼狽える。
「ほんとに、ほんとに、そう思ってるの?」
さらに追求され、背中に嫌な汗をかきながら、
「……ああ。」
短く返すと、藍は黙ったまま、おれの目をじぃーっと、まっすぐに見続けた。
「……。」
「……。
あー、もうっ!わかった、わかったから、そんな目でおれを見るのは止めてくれ。
…正直に白状するっ!
ったく、土方さんの尋問以上だな。
藍には、かなわねぇよ。」
藍の無言の圧力と、追求の目に耐え切れず、おれは降参すると、そう言って、ぽりぽりと人差し指で頬を掻きながら笑った。
せっかく、腹を括って、未来へ帰るように言ったのによ…
全部、見透かされてんだもんなぁ…
そんな自分が滑稽で、情けなくて、恥ずかしいのと同時に、どこかホッとしている自分に、気付いて苦笑いする。
おれは深呼吸をすると、覚悟を決めて、
「お、おれは…。
おれは、藍が好きだ。ずっと一緒に居たい!」
藍に想いを告げた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
それから、今に至るわけで…
あの時、おれの告げた想いに、藍は応えてくれた。
おれの事が好きだと、ずっとそばに居たい、未来には帰らないと言ってくれた。
嬉しかった。
何にもねぇおれでも、必要としてくれる事が…
そばに居たいと、言ってくれた事が…
けど、おれが、藍にしてやれる事は、今も未来も、悲しみも、喜びも、全部まるごと、藍の全てを抱きとめてやることだけだ。
だから、一日でも早くまともに動けるようにと、身体を動かす練習をやりすぎちまって、無理がたたっての、この発熱事態。
あー、もう、本当、何やってんだか…
気合いが空回りして、思うようにいかない現実に、気が滅入った。
「ほら、そんな顔しない!」
その言葉と同時に、頬をつつかれ、藍の方に視線を戻すと、藍は、フワリと笑って、言葉を続けた。
「焦らなくていいよ。今は、じっくり身体を治す事だけを考えて!
あ、そうだ!
治ったら、二人で、お汁粉屋さんに行こうよ!
だから、早く治してね!」
そして、にっこりと笑う藍。
「ぷっ!なんだよ、それ!
じっくり治せって言ったり、早く治せって言ったり、どっちなんだよ?……あはははは!」
おれは、藍の言葉に思わず吹き出し、突っ込んだ。
「え?あ!う〜…///」
おれに指摘されて、自分がおかしな事を言ってると認識したのか、藍は真っ赤な顔で俯いた。
その様子が愛しくて、おれは身体を起すと、藍の頬に触れた。
「わかったよ。
焦らず、じっくり、早く傷を治して、あんたと汁粉食べに行く。
これが、まず一番初めの目標な!」
動揺する藍に微笑みかけながら、おれが、そう言うと、藍は頬を染めながら、
「うん!」
と、大きく頷いて、花のように笑った。
その笑顔に、胸の中に幸せが拡がって、満ちていく。
何にも無えおれの、たった一つだけの宝物だよ、あんたは…
おれはクスリと笑うと、
「約束な!」
そう言って、藍の額に自分の額をコツンと重ねて、この宝物と一緒にいられる奇跡に感謝すると同時に、胸に誓った。
ぜってぇ、あんたを離さねぇからな…
終わり