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□枯れない花
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 頬を撫でた風のやわらかさに、私は懐かしいと思った。僅か一ヶ月のことなのに、妙な感覚だ。
 多忙な人が一ヶ月前のことを懐かしむなら分かる。しかし、私は一ヶ月の間ずっと、病院の中で過ごしていた。この一月に流れた時間の長さは、他の人のそれと違うと思う。
 それでも、今私の触れ、感じる世界は、記憶の中にある一ヶ月前の世界とは、何もかも少しずつ違って見えていた。

 時間の経過とは違う、その変化が世界ではなく、私自身によるものであることは、ちゃんと理解している。
 今の私は、前の私とは違う。今はまだそれに慣れていないだけなのだ。
 私は深呼吸をすると、心の中で私自身にそう言い聞かせた。

 今日は久しぶりの外でくたびれたから休むとしても、明日からは元通りの、そして新しい私の生活を過ごしていこう。
 彼との約束もあるのだ。彼のことだ、一ヶ月の間で気持ちに変化があるとは思えないが、私の不在の間に行動に移しているとも思えない。挙句、いざ妹に会うとなって、何と言い訳をして先延ばしにしようとするかわからない。
 私はそんな彼の姿を想像して、思わず笑ってしまった。私の奇妙な行動に、わざわざ今朝東京からやってきた母は眉を寄せた。
 私は笑ったままそれを誤魔化し、久しぶりの別荘のドアを開いた。
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