旧作 〜TRUTH〜

□-EPISODET-
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【火事】

 当時、オレは恐らく人生で最も幸せな時間を過ごしていた。その幸せを崩壊させる悪魔の影が、近付いている事に気づくことなく。
 オレはニューヨーク州の田舎にある一軒屋に父さん、そしてお母さんと姉さんの家族4人で慎ましくも、仲良く平和に暮らしていた。
 父さんはアメリカの老舗マフィアのボスの一人息子であり、その名前にも跡取である証が入れられていた。しかし、妻であったオレの母は、オレを生んですぐに死んでしまった。そして、月日が流れ、オレが成長するに従い、父さんは母親の存在が必要だと考えた。父さんは、オレの、そして同じく生まれて父親を亡くしたという姉さんの為、マフィアを継ぐ事を辞め、争いのない平和な暮らしを選び、家を飛び出し、一ヶ月前にお母さんと再婚した。
「トゥルース君、料理が出来たわよ」
 自分の部屋にいたオレをお母さんは呼んだ。
「はーい」
 オレは返事をすると、ダイニングに向かった。テーブルの上には四人分の料理が並んでいた。
「今日は日本料理にしてみたわ。さっ、トゥルース君は手を洗ってきて。ミズキはお皿を並べて」
 お母さんはオレに言った。姉さんの名前は、ミスティー・ミズキ・テリー。名前からもわかる通り、姉さんはアメリカで生まれたが生粋の日本人なのだ。
「この料理は何?」
 オレは、黒い麺が皿に盛られているのを見てお母さんに聞いた。
「蕎麦というのよ。日本の代表的な料理の一つなの。美味しいわよ!」
 既に椅子に座っていた姉さんがお母さんに代わって答えた。
「へぇー」
「ほら、トゥルース。早く手を洗って来なさい」
 部屋に入ってきた父さんが、オレに言った。オレは言われた通り、部屋を出て、手を洗いに行った。
 オレは家の外に出た。外にあるトイレにも行きたかったのだ。しかし、その時オレは、家に近付く影があった事に気づかなかった。
「ふー。………あぁ、手を洗わなきゃ」
 トイレから出たオレは、部屋に戻る前に外にある流しで手を洗おうとした。それはその一瞬の出来事だった。
 突然、爆音と共に窓が吹き飛んだ。訳もわからぬまま、オレは尻餅をついた。割れた窓からは炎が出ていた。炎は空を目指して燃え上がっていた。
 そして、やっと家族のいる家が爆発した事実に気が付いたオレは、慌てて家族を呼びかける。
「父さぁーん! ……お母さぁーん! ……姉さぁーん!」
 オレの呼びかけに誰も応える事はなく、家は非情に燃えていく。炎の勢いは治まる事なく、より烈しく燃え上がる。オレは燃えていく家をただ眺めるしかなかった。
 煤の被った顔に涙が流れた。涙を拭うと手は黒くなった。その手を、オレを照らす明かりは、家と家族を燃やす炎だった。
 泣いているオレの後ろに、いつのまにか老人が立っていた。
「トゥルース。トゥルース・ゲーン・テリーよ。我が孫よ。泣くでない」
 老人はオレに言った。オレは振り向いた。そこには、祖父が立っていた。ニューヨークの老舗マフィア"ゲーン一家"のボス、ギケー・ゲーン・テリーの姿がそこにあった。
 そして、オレは全てを悟った。
「お前が…………家族を」
 オレはギケーを睨み、声を搾り出した。しかし、ギケーは平然と答える。
「知らないな。わしは貴様の父に呼ばれてここへ来ただけだ。それとも、貴様はわしが家に火を放った所を見たのか?」
「………」
 オレは何も言い返せない。犯行の瞬間を見てはいない。証拠は、ない。
「ここは危ない。行くぞ」
 ギケーはオレを促した。その一言でオレの怒りは頂点に達した。
「なにを! 家族がまだ中に!」
 オレはギケーに叫んだ。
「ふん。あの炎、生きていたら外に逃げている」
「しかし!」
「では、貴様はあの炎の中に飛込めるか?」
 ギケーは言った。オレは勢いよく燃え盛る炎に包まれた家を見た。
「あぁ! 飛込んでやる!」
「確かに飛込む事は赤子でも出来る。しかし、貴様はそれだけでなく、家族と共に助け出すのだぞ。生きているかもわからない自らよりも大きな三人を連れ出せるのか? それとも、父一人だけを助けるか? ふん! 一人だって今の貴様には無理じゃ!」
 ギケーは幼いオレを見下して言った。
 しかし、ギケーの言う事は事実だ。一番若く小柄な姉さんですら、4月で18歳。とても幼いのオレが助けられる身の丈ではない。
 ギケーは60歳過ぎだが、幼いオレが敵う筈もない。オレにはただ怒る事しかできなかった。
 家は無情にも燃えていく。何もかも燃やしていく。
 家族も、家も、全てをこの炎に奪われた。
「どうする? トゥルース・"ゲーン"・テリー! わしについてくるか? それとも孤児として何もかもを失うか?」
「………」
「無言か。だが、いずれお前はオレを求めてくる。………消防には火を見た時に連絡した。勿論、ここへ来る途中に見て、車両電話でしたのだがな。警察にも連絡するように頼んでおいたぞ。なんせ、被害者はアメリカの国際派老舗マフィア、ゲーン一家ボスの息子家族だからな」
 ギケーは言うと、近くにある切株の上に座った。オレは無気力に地面へ座り込んだ。
 俺達は燃え崩れていく家を眺め続けた。
 やがて、遠くからサイレンの音が近付いていた。
 1995年2月。オレが10歳の時の事だった。
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