旧作 〜TRUTH〜

□MONSTER[2004]
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─Chapter1

「おはよう。昨夜は眠れた?」
「時差ボケで、2時間くらいかな」
 港の一角、男が女に話しかけると、少し距離を置いて彼女は答えた。
「途中で寝るんじゃないわよ?」
「わかっているよ」
 彼女の言葉に笑みを浮かべつつ彼は答えた。
「カーット!」
 刹那、静けさに響いた監督の声と共に一気にスタッフが現れた。そして、役者である彼らは休憩に入り、スタッフ達は次のテイクに備える。
「さて、台詞はいいんだが、何か物足りないなぁ。……迷さん、名探偵は今のをどう見ますか?」
 監督は今の映像を確認しながら、隣りにいる迷探貞に聞いた。
「私は監修でここ、ニューヨークにいるのでは?」
「そうだった。では、迷監修は今のをどう思いますか?」
 監督が言い直すと、日本の名探偵であり、映画の監修を務める探貞は答えた。
「次章以降の台本を知らないので、あくまでも推測ですが、大神さんの役は何らを隠している。そして、それを隠す覚悟を決めているのでしょう。恐らく、2年前に何か彼は重大な秘密を抱えて、その秘密を隠す為に、ヒロインと離婚した。また、それは彼の現職に少なからず関わりを持つ。だから、島での会話で相手の来訪の真意を探った。……そう考えると、今のシーンのやり取りの意味が生まれる」
「………」
「もう少し大神さんは覚悟故の後ろめたさを演技に入れた方がいいかもしれません」
 探貞は監督を見た。ちなみに、大神は主人公の一人である学者役の俳優であるが、彼自身も大学院卒の生物学者である。
 監督は溜め息をついた。
「全く、君を監修に選んだのは大正解だったよ! ……大神君をこっちに呼んでくれ!」
 監督はスタッフに声をかけた。しかし、彼はそれを無視し、彼はテントに向かって歩いていく。
「なんだ、あの態度は。発音が間違っていたかな?」
 監督は頭を掻く。撮影隊以外のスタッフは、現地の映画会社が雇った人間である為、英語の発音が悪いと相手に伝わらない事がたまにあるのだ。
「………あのスタッフが向かっている先にあるテントにいるのは誰ですか?」
 探貞は押し殺した様な声で監督に聞いた。
「確か………ゲーン氏だったかな。例の本物のマフィアのボスの」
「まずい!」
 探貞は言うや否や走った。彼に気が付いたスタッフは、舌打ちをすると左脇から拳銃を取り出し、発砲した。消音装置が付いていた為、発砲音はない。しかし、とっさに物陰に隠れる探貞の動きと、銃を構えるスタッフに気が付いた周りのスタッフ達が騒ぎ、混乱が起こった。
 スタッフは銃を構えたまま、逃げ出した。
 すぐに探貞は追いかけようとするが、目の前に置かれた小道具箱に気が付き、足を止めてその中を漁った。
 一方、スタッフは撮影現場をまもなく脱しようとしていた。
 その時、彼の前に黒いロングコートを着た青年が立っていた。
「どけー!」
 彼は叫ぶと、青年に銃を構えた。しかし、彼は微動だにしない。
 刹那、スタッフは引き金を引いた。同時に、発砲音が響いた。
 そして、スタッフはその場に倒れた。
 それを青年は古びた装飾銃を片手に驚いた様子で見ていた。
 一方、煙の出ている小道具の照明弾を構えた探貞も同じく驚いていた。
 まもなく、通報を受けた警察が駆けつけてきた。


「トゥルース・テリー、20歳。私立探偵だ」
 椅子に座るとコートを着た青年は、探貞に身分証を見せて言った。確かに、トゥルース・G・テリーと書かれていた。
 空いていた休憩用テントを借りて探貞とトゥルースはお互いの事情を説明していた。
「彼はニューヨークにおいて、結構ある件に関して有名なんだ。我々も彼には何度も世話になっている」
 大柄な黒人男性は探貞に説明した。彼は、ジュール・マーフィーニューヨーク市警警部である。
「つまり、狙われたボスのマフィアに関する事件の専門家という事ですか。一応同業者なだけに、日夜お祖父さんと戦い続ける本物のハードボイルドにお会いできて光栄です。……申し遅れました、私は日本で名探偵をしております、迷探貞と申します」
 探貞は興奮して目を輝かせてトゥルースに握手を求めた。
 しかし、トゥルースはそれに応じず、探貞を睨んで聞いた。
「なぜオレがゲーン一家絡みの事件の専門家だとわかった。しかも、孫であると。今のジュールの説明だけでは、そこまで断定できないはずだ。それに、なぜあの男がスタッフに変装した偽者だとわかった?」
「あのスタッフの左肩が少し下がっていたんんです。消音装置付きの拳銃の重さの為です。違えば、それでよいと思って、走って彼に話しかけようとしたら、という事です。テリー探偵については大した事はありません。一応私はこの映画の監修ですから。狙われたマフィアのボスの本名が、ギケー・ゲーン・テリーである事を知っています。ミドルネームと苗字が一緒なら、年齢を考えれば孫と祖父の関係であるのは想像がつきます。そしてこの撮影現場を監視しており、尚且つ銃の扱いに卓越している。相当な経験がなければ、例え早撃ちに自信があっても相手の発砲した銃弾を打ち落とすなんて業をやろうとは思わない。でしょ?」
「なぜ、オレが撮影現場を監視していたか……という質問は野暮だな。あのタイミングであの男の前に立っているのは、様子を見ていた為。ですね?」
 トゥルースに聞かれ、探貞は頷いた。
「まぁ、最初はそのゲーンさんの雇ったエージェントか何かだと思ったんですがね。警部さんの対応とかを見て、そして今の自己紹介で確信をした、という訳です」
「………日本の探偵はこれ程に優秀なのか。トゥルース、お前ものんびりとしてはいられないな」
「オレはのんびりとなんかしていない。事実、こうして監視をしていたんだからな。……まぁ、オレがいなくても結局迷探偵が犯人を捕まえられていた訳だが」
 トゥルースは、ジュールに言った。そして、今度はトゥルースが探貞に手を差し出すと言った。
「あの時、照明弾を犯人に打ち込むという手段を選び、成功させたのには脱帽です。驚異的な状況判断力でした」
「いえ、テリー探偵が時間を稼いでいたから成功したんですよ」
「トゥルースでいい」
「わかりました。私も、探偵とつけなくて良いですよ」
 そして、探貞とトゥルースは握手をした。


「全く、騒々しいと思えば新参のマフィアの仕業だったか」
 ジュールに同行したトゥルースと探貞は、狙われたニューヨークの老舗マフィア"ゲーン一家"のボス、ギケー・ゲーンのテントへ事情を聞きに訪ねていた。
「どうやらアンタが潜伏していた半年の間に、この界隈の闇市場を開拓してきたマフィアらしい」
「潜伏とは聞こえが悪い。まるであの時わしが貴様に負けた様ではないか。わしの眼下で悪あがきをする事しかできなかった小僧の癖に」
「なんだと!」
 トゥルースがゲーンに憤るが、ジュールと探貞に制される。
「では、狙われた動機は相手のマフィアがこのニューヨークの闇市場支配を狙った一方的な報復であると受け取ってよろしいのですね?」
「そうだな。………新しい薬とやらをこのマンハッタンに蒔こうとしている輩だ。さっさと警察が検挙をしないから、こういう礼儀しらずの事件が起こるのだぞ」
 ギケーはジュールに説教をする。
「確かに、ゲーン一家は薬だけはやらないからな。………本当に薬だけだが」
「そういうならば、殺しや武器密売の証拠を見せろ。できぬにも関わらずその物言い、名誉毀損で訴えてやろうか?言っておくが、あの助手は証拠にならないぞ」
「わかっている。だが、いつか覚悟しておけよ」
 そう言うと、トゥルースはテントを飛び出した。
「若造が。……ところで、なぜ監修のお前がいる?」
「私も今回の一件に噛んでいまして」
「迷さんが犯人を倒したのです」
「つまり、トゥルースはあれだけ大口を叩いておいてただのかませ犬か。これは傑作だ!」
 そう言うと、ギケーは大笑いをした。
「それに、テリー氏にはお伺いしたい事がありましたので、ます一度ご挨拶をしておこうと思いまして」
「………なんだ?」
「"名探偵"を知っていますか?」
「………知らん」
「ありがとうございます。では、私もこれで失礼致します。撮影がありますので」
 一礼すると、探貞もテントを後にした。そして、ジュールは定型的な質問を始めた。


「お願いします!」
 テントから出ると、探貞の耳に監督の声が聞こえた。声の方を見ると、監督と撮影隊がトゥルースに向かって頭を下げていた。トゥルースは当惑している。
「どうかしましたか?」
「いや、実は………」
 トゥルースは探貞に困りながら言う。
「迷さん! 貴方からもお願いします!」
「監督、どうしたんですか?」
「先ほどの彼の無駄が一切ない完璧な射撃。その格好、オーラ! 全てが完璧なニューヨークの探偵だ!」
「まぁ本当にニューヨークの探偵ですからね」
「そうなのか! ならば、決まりだ!先生!」
 監督は再び頭を下げた。後ろに控える撮影隊達も先生! と言いながら頭を下げる。
「探偵役の演技指導を依頼された」
 トゥルースはため息混じりに答えた。
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