削除可能 旧駄文倉庫

□電子の妖精
2ページ/7ページ



 翌、ケンジが起床したのは昼を過ぎていた。土曜日休暇は彼の救いであった。

「流石にビールでも飲みすぎたかぁ。頭いてぇ。……ん? パソコン、電源をつけていたか?」

 ケンジは水を飲みながら、六畳の部屋の隅に置かれた机の上にある、電源が入ったままのパソコンを見つめた。マウスを動かすが、カーソルが動かない。

「フリーズか?」

 キーボードを叩くが、やはり反応はない。

「なんだ? 故障かよ………」
『貴方は誰?』

 突然、スピーカーから若い女性の声が聞こえた。
 ケンジは黙って水を口に流し込んだ。美味しい。酔いが醒めていないらしい。

「酒、飲みすぎたな」
『飲みすぎはいけないわね』
「………。誰?」
『ヤヨイ』
「ケンジだ。メッセとかは開いていないはずだが……」
『ネット通信が出来れば十分なのよ』
「そりゃ便利だな」

 ケンジは椅子に腰掛けると、頬杖をしてモニターに向って話しかける。

『そうでもないわ。私、体が無いから』
「人工知能とか?」
『違うわ。死んじゃったのよ。よくわからないんだけど、死ぬ瞬間に私の心はネットの中に入った。それからもう半年かな? こうやってふらふら世界中を遊んでいるの』

 得体の知れない声を聞きながら、ケンジは似た話を昨日聞いた記憶があるなとか考える。

「あー、噂の幽霊か。……最近の幽霊は随分ハイテクになったんだな」

 ケンジは笑い混じりに言った。しかし、同僚の話とは違い、モニターはデスクトップ画面のままで、スピーカーから彼女の声が聞こえるだけだ。

『否定できないけど、幽霊は酷いわ。ヤヨイって呼んで』
「わかったよ。……弥生。三月生まれ?」
『正解。……ケンジはいくつなの?』
「34になる」
『おじさんじゃん』
「おじ……お兄さんと呼べ。ヤヨイはいくつなんだよ」
『16だよ』
「高校生か」

 ケンジがしみじみとした声で言った。

『そう。……もしかして、ロリコン?』
「違うわ! 若いなと思ったんだ」
『やっぱりおじさんじゃん』
「うるせぇ」
『……不思議な人だね。ケンジって』
「そうか?」
『普通、突然パソコンから声が聞こえたらびびるよ?』
「びびられたの?」
『殆ど100%でね。この前は幼稚園の子が泣いちゃって大変だった。一度、お寺のパソコンだったことがあって、悪霊退散! って和尚さんが叫んで、パソコンぶっ壊しちゃったし……』
「災難だな」
『まぁ、慣れちゃったら平気よ。そういう存在なんだって、わかるし。生まれつき体が弱くて、外出なんてした事もなかったから。外の世界を自由に見られる今の方が幸せかな』
「大変だったんだな。生きていた頃のヤヨイは」
『まぁね』
「皆、そういう反応ばっかりなのか?」
『2ヶ月くらい前に、一度違うのもあったよ。でも、アレは嫌だったな。完全なオタクの引き篭もりで、○○ちゃんが来てくれたぁ〜って叫んで画面にへばりついてきたから』
「………いるんだな。そういう奴」
『少数派だけどね。でも、ケンジだって、かなり変わっているわよ』
「いいだろ? こうして会話が成立するんだから。……それに、幽霊に驚くほど俺は暇な人間じゃないんだ」
『本当? こうしてお喋りしてるし、さっきは飲み物飲んでいたみたいだけど。……ってゆうか、また幽霊って言ったぁ!』
「そう怒るなよ。………そういや、音は聞こえても見えないのか? やっぱりカメラがないとダメとか?」
『そうじゃないのよ。どうも、セキュリティーソフトの中に私が入れないものがあるみたいで』

 ケンジは同僚が薦めたソフトの性能の高さに改めて驚く。

「へぇー。このソフト、本当に優秀なんだな。幽霊もガードできるのか」
『だから幽霊っていうなぁ!』
「悪かった。……セキュリティーレベル下げると見えるのか?」
『そうなんじゃないの? 私はコンピューターとか苦手だからわからない』
「ネットをさまよう幽霊が何をいう」
『また幽霊って言ったぁ!』
「まぁまぁ、喚くなよ。今プロテクト外すから、ちょっと離れろ。マウスが操作できない」
『はーい』

 返事がした後、スピーカーから声が聞こえなくなった。試しにマウスを動かす。モニターの中でカーソルが動く。
 ケンジは少し思案したが、約束通りセキュリティーのレベルを下げた。そして、カップ麺を食べようとお湯を沸かしに台所へ行くと、ヤヨイの声が聞こえてきた。

『あれ? ケンジ、どこぉ? おーい』
「はいはい。お湯くらい沸かさせ……ろ」
『どう? 結構容姿には自信あるんだけど?』
「あぁ」

 モニターの中にいたヤヨイの姿は、アイドル顔負けの美少女であった。ケンジは机の前で思わず立ち尽くしていた。

『ふーん。ケンジって思ったよりも若そうね。もっとおじさんをイメージしてた』
「だから、お兄さんって言っただろ? ……それ、本当なのか?」
『顔?』
「あぁ」
『まあ一応。もう死んじゃってるから、別に顔なんてどうでもいいんだけどね』
「生きている間に会いたかったな」
『やっぱり、ケンジってロリ……』
「違う! 断じて違う」
『ま、そういう事にしておきましょう!』
「なんだよ。その言い方」
『ごめんごめん。……それにしても、暇そうね』
「突っ立ってるからか?」
『だって、だらしなさ過ぎよ。レディの前でシャツとトランクスだけって』
「! す、すまん! 忘れてた!」

 少し頬を染めたヤヨイに言われ、ケンジは慌ててシャツとズボンを着る。丁度、台所からお湯が沸いた音が聞こえてきた。
 手早く台所でカップ麺の中にお湯を注ぎ、タイマーを3分にセットすると、部屋に戻った。ヤヨイはモニターの中から部屋の中をきょろきょろと見回していた。

「あんまり独り暮らしの男の部屋の中を見るなよ」
『エッチな本とかあるの?』
「バカ」
『彼女いないの?』
「残念な事にね」
『へぇ。ケンジって結構モテそうなのに』
「そこまで興味がないんだよ」
『えっ! ……それって、ホモ?』
「違う! なんでヤヨイはそう極論ばかり言うんだ」
『まぁ、私も一度も彼氏できなかったから同じだけどね』
「待て。俺は一言も彼女が一度もいないとは言っていないぞ」
『じゃあ、いたの?』
「高校の時に。向こうから告白してきて、付き合った。一ヶ月で別れたけど」
『どこまでしたの?』
「おい、思春期女子高生! そういう事は聞くんじゃない。……キスまでだ」
『言ってるじゃん』

 丁度、タイマーの音が鳴った。ケンジは立ち上がると、台所から箸とカップ麺を持って、机に戻る。

『太るよ』
「人の食生活に文句をつけるな」
『太ったらモテないよ』
「それこそ言われる筋合いはない」
『あっそ。………ねぇ』
「あん?」
『しばらくここにいてもいい?』
「なぜ?」
『居心地いいし、何よりもケンジは普通に私と接してくれる』
「………別に構わないが、パソコンが使えないのは不自由だな。それをどうにかできるなら、好きなようにしろ」
『ありがと! これでも結構さじ加減がわかってきたんだ! ………これでどう?』

 ヤヨイは画面の中で小さくなり、デスクトップのアイコンと同じ大きさになった。不思議と解像度は先ほどと大差がない。更に、きょろきょろとデスクトップ上を見回し、ポインタを見つけるとそれにしがみついた。

『……よし! これで大丈夫よ、多分』
「ポインタにくっついたのか」
『これを習得するのに4ヶ月以上かかったのよ』
「おーすごいすごい。問題は操作ができるかだ」

 そう言うと、ケンジはマウスを動かす。ヤヨイがそれに合わせてスライドされる。

『あんまり乱暴に操作しないでね。酔うから』
「注文が多いな」
『いいじゃない。美少女が手元にいるって、そうそうない経験よ?』
「いや、多分。絶対にない」

 こうして、奇妙な居候が彼のパソコンに居ついた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ