小説
□ラムネアイス
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名無子は人との接触を恐れ拒むシンジがはじめて自分から好きになった女の子だった。彼女と居るときだけはシンジはEVAのパイロットということを忘れられる、普通の男子中学生でいられるのだ。
「碇くん一緒に帰ろ?」
「う、うん!」
慌てて鞄を持ち席を立つ。アスカの冷たい―如何にも面白くないといった、視線やトウジとケンスケの好奇の目も今のシンジには意味を成さない。
「暑いね…」
「うん、夏だもん」
「アイス食べようか?」
「碇くんのおごり?」
「え?い、いや僕は別に」
「あは、冗談」
他愛もない話をしながら、シンジは駄菓子屋の前で足を止めた。
「おばちゃん、2本」
「え、いいの…」
「いいよ、一緒に食べよう」
「ありがとう」
はにかみ笑顔を見せる彼女に少し照れながら、昔懐かしいラムネ味のそれをベンチに座り頬張る。シンジはこの時間が永遠に続けばいいと思う。
「はずれかぁ…」
「僕もはずれだったよ」
「お揃いだね、」
「…うん、あの名無し」
シンジは精一杯の勇気を持って彼女の手を握ろうとした。そろそろと手を伸ばし距離を近づけるも…
「あ、いけない!」
「ど、どうしたの?」
「弟を迎えに行かなきゃ」
名無子は急に立ち上がって手を繋ぐことは叶わなかった。シンジは慌てて近づけた手を戻す。
「アイスありがと!」
「い、いや、いいんだ」
「アイスのお礼!」
シンジの頬に暖かいものが触れて、次の瞬間には名無子は走り去っていた。まさに台風が通りすぎたようである。シンジは何が起こったのかわからず暫く放心状態だったという。
(な、何が起こったんだ…)
―ラムネアイス