雪男・短い夢2

□桜吹雪
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日曜日の昼下がり。



任務で出掛けている胡蝶の帰りを待ちながら
雪男はパソコンで授業のプリントを作っていた。


「はぁ・・・・
兄さんに分かるように作るのは大変だよ・・・・」



ぬるくなった珈琲を口に含む。
ふと、時計を見ると
玄関が開いた音がした。


物音があまりうるさくないということは胡蝶だ。


そう思ったが
階段を駆け上がる音が聞こえる。

なんだ、兄さんか。
早く勉強をさせなければ、と溜息をつくと


「雪男、いる?」


コンコンとノックの音がした。

すぐに立ち上がりドアを開ける。


「胡蝶・・・「今!今すぐ出掛けられ
る?!」


紅色の頬で、少し息が上がっている。
でも顔は笑顔だ。


「うん、どうしたの?」


そう言いながらも
彼女の願いに答えるように、すぐに上着を羽織る。


「雪男を連れて行きたいところがあるの!
それで、この鍵を
時間までに返さなきゃいけないから!!」


「もう、行けるよ」


「うん!!!」


珍しく、雪男の手を強く握って自分の部屋の前へ連れ出すと
鍵穴に古めかしい装飾の入った鍵を差し込む。


「あ、目を瞑ってて!!!」


「わかったよ」


子どものように、嬉しそうに興奮している彼女を見ると
自然に笑ってしまう。
にやけた顔をしているなと思いながら、雪男は目を閉じた。


扉が開く音が聞こえ、
ふわぁあああ・・・・と暖かい風が頬を撫でる。



「いいって言ったら、目を開けてね!」


温かい手が離れて、遠くへ行ってしまう。


やめてくれ、寂しいから。


言葉にはならないが、心臓が疼く。




「どうぞーーーー!」



声を合図に、ゆっくり目を開ける。



「わ・・・・」



雪男の目の前に、桜並木が広がっていた。


並木と言っても、
まるで二人が桜に囲まれているような圧倒される景色と美しさだ。


地面も花びらで覆われ


青い空にも花びらが舞う。


景色が桜色だ。



その中に、胡蝶がニコニコと立っている。



後ろを振り向くと、古い洋館の玄関だっ
た。
その洋館を囲むように桜が植えられているようだ。



自分と胡蝶以外、人の気配はしない。



「綺麗でしょ〜」


そんな声も、桜に吸い込まれていきそうだ。


儚い。




「きゃっ」



急に突風がふいて、
花吹雪が
二人の間を舞った。




たくさんの桜色が目の前をかすめ

舞って舞って舞う。

胡蝶の色が覆われる。




雪男は何故か走りだしていた。




「胡蝶っ」



消えるはずのない恋人を、思いきり抱き締めていた。



「・・・・雪男・・・・?」



温もりを感じて、やっと落ち着く。



「・・・ごめんね・・・
消えてしまいそうな気がした・・・」



桜の花びらがついた髪を優しく撫でる。

胡蝶もまた、雪男に抱きついた。


「ううん・・・
すっごく綺麗で、綺麗でちょっと寂しくなっちゃったね・・・」


「くっついていたら、平気だよ」



温もりを感じながら見る桜は
周りを囲まれても
鳥の泣き声だけが聞こえ、綺麗な光が差し込み
幻想的に美しかった。



「・・・今日の任務、もう少し先の滝だったんだけど
とっても此処が綺麗で
班長が、鍵を返してくれるなら1時間だけいいよって」


悪戯っ子のように上を向いて笑った。


メールをする時間も惜しんで、慌てて息を切らせて帰ってきたのか。


つい愛しくて口付けを落としてしまう。



「すごく綺麗だね。
洋館も古いけど、素敵だ」


「今は、誰も住んでいないんだって」


二人で洋館を振り返る。
玄関の横には、手作りかブランコが揺れている。

もうペンキもはげているが
住んでいた優しい家族の温もりが見て取れた。




「結婚したら、こういう家もいいね」


「えっ」


さっきよりも染まる頬に、また口付ける。



「とても綺麗な桜を見せてくれてありがとう」


「うん、
今回はお花見行けなくて、残念だったけど・・・」



「来年行こう。
ずっと・・・・
桜は咲くよ」



そう雪男は微笑んだ。


言葉にはしなくとも、胡蝶にもわかった。




ずっと二人で
毎年、桜を見ようね。



雪男の髪に落ちた桜が
ゆっくりと
胡蝶の前髪に落ちていく。



音も無く、舞い散る桜を二人は
お互いの温もりを感じながら寄り添い見上げていた。





ずっと二人桜色の心のままで・・・・・。










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