SS

□蓋然性
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夢をみている。

それは分かっている。
『夢の中に居る事を自覚している夢』をみる。と言えば旧友気取りの知り合いなどは、それは明晰夢だ、と宣った。珍しい事なのだというが、私にとっては昔からこれが普通のことで、寧ろ『夢の中である事を忘れてしまっている夢』をみたことなど無い。知り合いは結局「モールの場合も夢を『みる』っていうんだねぇ」と何の役にも立たない御託を並べただけだった。そもそも相談をしていた訳ではないので、正しい反応と言えるのかもしれないが。

──夢をみている。

かつ、かつ。と革靴の音が聞こえる。同時に興奮を抑えるような息遣いが微かに近づいてくるのを感じる。当然、視界に何が写るわけでもない。私の盲目は生まれつきだ。暗闇しか知らない人間が、色鮮やかな夢をつくれる訳もない。

 よお、モグラ野郎。

──聞きなれたしつこい声が耳に届く。正確には聞こえている訳ではなく、そう言っていると感じているだけ。何故ならこれは夢なのだから。

諦めが悪いですねえ、あなたも。
 つれねぇな、久しぶりだろうが。なぁ。
そうでしたか、ストーカーはそろそろ休業ですか?

──笑い声。哂い声。

 まあな、俺は刑事だからな。スパイを追いかけるのは当然だろ。
成程、死んでからも?

──自分が殺した人間が夢に出てくるという事は、私には自虐趣味があるのだろうか。しかしこの刑事が出てきたところで何の呵責も感じられない。凡そ惰性のようなものだろう。この男は生きている時から往生際(、、、)が悪かった。唯一何度も対峙した追手だ。

 貴方の事は心の底から嫌いですが、その執念深さと根性だけは称えるに値しますね。

──ここは夢の中だ。だからこの世界の主は私であり、私の望みが真実になる。次の瞬間、私の手には親しみ深い重みが宿り、使い慣れたあの杖を手にしていることを確信した。

 全く……貴方はこれでもまだ諦めの悪い眼をしているんでしょうね。
してるんでしょうね、じゃない、してるんだ。してない筈がないだろうが?この、俺がよぉ。

──本当に、何度死んだら気が済むのか見当がつかない。
何度無駄に抗えば、気が済むのか。

全く、な、まったくよ……、お前は根っからの悪人だと思ってたのにな。
 はい?何の話ですか。
特になんの目的もなくスパイになって神出鬼没にふらふらふらふらしやがる犯罪者。
 私の事ですね。
自覚あるんじゃねぇか。
 当然でしょう、自分の事ですから。


「そうやって、責任だけはきっちり被ってるから亡霊に憑き纏われるんだよ馬鹿が。」


──振り上げた杖を振り下ろす。出来れば心臓に突き刺さるように。

「お前は中途半端に空っぽだ、お前を構成する要素も、お前を取り囲む事象も、お前が身を置く立場も、みっしり詰まってるにも拘らずお前自身の中には隙間がある。分かってんだろう、お前は、ぽっかり空いた穴そのものだ。」

──覚えのある感触、柔らかくて弾力のある、切ない程に脆い何かを貫く手応え。幽霊を自称する癖に肉体はしっかり在るなんて、中途半端はどちらの事か。

「賢いお前は気付いてんだろう?目の前にいる幽霊すらも、お前自身の創り出した空洞だと。零に何を掛けても零にしかなら無い。お前は良い加減、自分以外の何かを受け入れその穴を埋めなければならない。」

──本当に何度重ねて殺されれば消えるのか。

「何で空洞が出来るのか、教えてやろうか。」

──断っても話すんだろうが。公安の鼠が偉そうに。


「お前は結局、自分のことしか考えていない。だから、心に隙間が出来る。そこにつけいれられる。俺から逃げたいんならとっとと空いた隙間を埋めちまえ。」


そして亡霊は自分を消したがっているような台詞を吐き、人体を貫く感触と共に消えた。
気がつけばベッドの上。当たり前だ。あれは夢なのだから。

やがて、いつものように朝食をとり、いつものように一日を過ごし、いつものように帰路に着いたとき。

──いつもと違う、邂逅が。



野生動物が弱りでもしているのかと、そう思っていた予測は外れた。凶暴な警戒が渦巻く空気と、不安定な雰囲気の持ち主。
私にその姿を見る事は出来ないが、

「これも何かの縁ですかねえ」

──その子供が何処かの誰かのように、何かに挑み抗うような目をしている事だけは確かに分かった。


(その日私は子供を拾った)
【end】

刑事さんはラットのつもり。


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