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□後日談 U
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そして、いつ出来あがるとも知れない朝食を待ちながら、オレは勝手知ったる他人の家でダイニングテーブルに腰掛けていた。
「そういや、痴呆が治ったらしいじゃねーか」
「耳が早いな」
いや、決して痴呆などではなかったのだけれど。
その報告も兼ねて今日は訪ねて来たのだが、どうやら双子はオレの記憶喪失に決着がついたことを既に知っているらしい。因みに台所からは「ちほーって何だよ?」と声が聞こえてきた。結局三人でジャンケンした結果、パーを出して一人負けしたリフティである。
オレの向かいに腰掛けて、テーブルに肘をついたシフティは質問に答えず、いつものように「ハッ、馬鹿弟が」と嘲笑する。
その、兄弟で瓜二つの顔を見ながら、オレはふと、そういえば、と話し出す。
「……オレ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが一人ずつ居たんだ」
そして続けた。
「それで、二人は双子だった」
身内について話すという行為を楽しみながら語れば、シフティは興味なさげにふぅんと息を吐く。例えばこれが弟の方だったら、「マジかよ」の一言でも寄越してみせるんだろうなぁ、と、細かい差異に思いを巡らせながら、オレはどこか愉快さを感じながらパーカーのチャックに結わえた赤い紐を手繰った。
「だからかな、オレ、シフとリフのこと、よく似てるなって思うけど、見分けられなかった事はないんだ」
そう言えば、シフティは微かに目を見開いて、頬杖を止める。
あぁそうか、声に出して二人の名前を愛称で呼んだのは、これが初めてだ。
「…………いや、おまえの兄貴だか姉貴だかと俺らは何の関係もねーっつの」
やがて、やや拗ねたように指摘する。
その様子を見ていると、愛称で呼んだことに触れないくせに拒絶しないのを見ていると、いつも通りの簡素な反応を見ていると。
なんだか妙に嬉しくなってきて、
「そうだな」
答えながらオレの口元は僅かに緩んでいたのだと思う。
正面にいるシフの顔が衝撃に染まる。
そして次の瞬間、
「だ、な……ッ、イチが笑った!!?」
驚愕の叫びをあげたのは、シフティではない。リフティだ。
声を辿って後ろを振り向けば、意外にきちんと盆に載せられた『朝ごはん』を持ったリフが慄く様な表情でオレを見ている。……そこまで反応しなくても。
運んできた料理をぞんざいにテーブルに投げ出す弟を横目に、今度はシフティが口を挟んだ。
「笑っ、たにしてはヘッタくそだな!!」
余計なお世話と言いたい所だがまぁ事実だ。
仕方がない、オレは笑顔に関して素人なのだから。だが、そんな言い訳をする暇もなく、リフティが確かに、と同調する。
「もっと思いきりよく笑えよなーっ」
「……こう?」
「……なんで笑ってんのに皴寄ってんだ」
目いっぱい努力はしているのだが、シフティが、オレの眉間に指鉄砲を食らわせる。
もうちょっと手加減とか、ないんだろうか。
そう思って見上げれば、シフはとても悪い顔でにししっと笑う。手加減とか、ないらしい。同時に、隣で実に騒がしくリフティも笑う。御丁寧に指までさして、オレの境遇をからかった。
「でっ、でこぴんされてやんの!おまっ、も、じゅ、十八にもなってデコピン……っ!」
「ハッ、よく見ろこの馬鹿弟を!こうやって笑うんだっての!」
「っ、だっから!バカって……ふっ、言うなっつーのっ、バカ兄貴!!」
「笑ってんの隠せてねーんだよマヌケ!」
オレを挟んで、いつものようにじゃれ合いのような言い合いを始める双子。
放置された料理を並べながら、なんだか見ているだけで楽しくなってくる。
──だからオレもいつか、二人みたいに上手に笑えるようになれたらいいなって、思った。
(だっからもっとほっぺた上げんだっつーの!)
(……手動でもいい?)
(表情筋を使え馬鹿!)
【end】
イチが笑った!≒ク●ラが立った!