創作

□狩人とからくり職人
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 繁華街からはかなり外れた裏通り。

 誰の手で、何のために造られたのか、解明されないままに先代の遺物と化した数々の坑道。それらを利用し地下に篭る人々が集う場所。
 街の中であるのに関わらず、いつ何時でも人通りの少ないこの地区は路面の整備すら不安定に、ごつごつとした煉瓦が辛うじて歩道を確保している程度。路肩に至っては不気味に湿った赤土が歪な煉瓦を不規則に生やしている始末だ。天候が悪い訳でも無いのにどこか全体的にじめっとしていて、何と無く黴臭い。いかにも人好きのしなさそうな小路。それが、通称裏町と呼び習わされる地域、つまりここである。
 通りには立地の関係上、一見小屋にしか見えない小振りな建物が犇き合うがこれらは正に氷山の一画であり、地下への入り口だ。それぞれの扉を開ければ大抵の場合、足元に潜って行く為の階段が現れる。そしてそれ下った先に、住居やら、稀には店舗やらが存在しているのだが。

──元より住人が住人なため、その店舗は文字通りアンダーグラウンドな類のものが多いのが現状である。


 若くして……見た目だけを鑑みればさらに若くして。《からくり職人》として裏町に工房を構えるリュナの店は、小路のそのさらに路地裏に入り込んだ先にある。
知人の奪い屋から初見殺しと称されるその店舗のドアには、見掛け倒しではない護符が幾多も貼り付けられいて基本的に客以外は入る事ができない。……というか地理と見た目からよっぽどの常連意外は扉を叩くことに尻込みし、客ですら片手で足りる程しか店に入ろうとしない。
 尤も、この工房の店主は知る人ぞ知る引き篭もり。加えるならば人見知りで、その安寧とした閑古鳥の鳴声を心底気に入っているのだが。

 しかし陽が落ちきって夜の帳を呼び込み、さらに日付を跨いだ深夜過ぎ。ようやく、裏町のその陰気な沈黙に時間が追いつく頃。
 その扉をいとも簡単に開いた、こちらの都合を全く意に介していない能天気な呼びかけによって工房の静寂は破られる。


「からくりぃー、いるうー?いるよねー、てゆか居ない訳ないよねー」


 静寂。たった今から眠るとことだったというのに。
 地下の住処へ響き渡る聞き覚えのある声に、寝室のドアに伸びた手をぴたりと止めてリュナが近くの文字盤を覗き込めば現在午前2時少し過ぎ。ガキはとっととベッドに入る時間である。というか大人でも横になる時分である。全力で耳を塞いで聞かなかったことにしたい欲求が、引き篭もり職人の足元から這い上がる。
 が、そうも言ってはいられない。いくら相手が傍若無人だからといって、私用で夜中に押しかけてくることはない。仕事だ。
 そしてあの少年がリュナに頼む仕事といえば、しかもこう非常識な時間に頼む仕事といえば、大抵の場合一刻を争うのである。

「うるさいです。せめて声を落として」

 外しかけたヘアバンドを無理やり直して、寝室ではなく、内扉の鍵を開ける。そこから地上へ繋がる階段へと仕方無しに顔を出せば、案の定姿を表した浅葱の髪の少年は、厄介事をリュナの鼻先に押し付けるのだった。


「壊れた直して」



◇◇◆◇◆◇◆◇◇

 とりあえずその馬鹿みたいに明るい声は場所にも時間にもそぐわない。

 からくり職人は心の底から渋々と言った体で、押し付けられた《厄介事》もろとも少年を店の中へ引き込んだ。

「今日の夕方ぁ……くらいにさー、壊れちゃって」

 実にあやふやに供述する少年、セルバから受けとった自分の手には余る、──物理的に大きすぎ重過ぎるそれを何とか抱えて、奥の部屋まで持っていく。
 工房の中心とも言える処置台の上にそっと横たえたそれは、使い込まれたハルバート。飾り細工の施された長い柄と、重厚な刃を有したその武器の、尖った先端には槍の代わりにサファイアに似た深い青の水晶が嵌っている。そして成人の拳ほどもあるそれは、……根本に薄く微かではあるがしっかりと一本の白い筋が入っており、このまま使い続けていると間違いなく砕けて取れてしまうだろう。

「……外れかけてるじゃないか!」
「だから壊れたって言ってるじゃん」
「違う、壊れたとか壊れてないとかじゃなく僕は程度の話をしている!」

 他人事のように、表面だけはにこやかに笑うセルバをリュナは睨みつける。
 バカか?このクソガキ水晶が外れる意味を理解しているのだろうか。

「安心しなよ」

 と、楽天的過ぎる狩人が何故か得意げにニヤついた。

「ソレの『中身』なら売っぱらってきたから。からくりが欲しがりそうなのも居たんだけど、流石にソレで連れてくんのは無理だーと思ってさ」

 大きな瞳がちらりと青水晶を映す。
 そのキャパシティを越え、傷を負った愛用の武器を覗うセルバの表情が、一瞬だけ痛ましげに曇ったようにも見えた。それは余りにも瞬間過ぎて、被さる様に広がる笑顔ですぐに掻き消えた。しかし、その獲物を気遣う様子に年相応の幼さが垣間見えるようでリュナの眉間が皴をつくる。これだから子供はずるい。

「……よく、この時間に売れましたね」
「ああ、そういえば寝てたね、奪い屋も」
 
起こしたけど。

 一切を悪びれることなくいう悪ガキにリュナは心中で合掌する。
気の毒に、ヴァン。同じ被害者として心から同情する。──まあ、あっちは半ば好きでやってるんだから僕の方が可哀想だけど。

「それより、分かってるんですか」

 一通りハルバートを点検した後リュナは言う。

「他はともかく、水晶自体が壊れたら僕には直すのは無理だ」

 からくり職人であるリュナにできるのは材料を組み合わせて『からくり』を形成することだけ。水晶の調整ができるのは水晶調律師だけなのである。現在、この街には水晶調律師がいない。つまり今水晶を壊してしまえば、修理するためには別の街まで足を伸ばさなければならないのだ。

「分かってるけど、まだヒビだけだし。からくりならどーせそれくらいなんとかできるんでしょ?」
「…………」

 人の懸念を他所に、当の少年は涼しい顔である。
 どころか勝手知ったるとばかりに引っ張ってきた椅子に座り込み、自分が押し付けた緊急案件を持て余すからくり職人を面白そうに眺めている。
 こいつはいつだってそうだ。物事を楽観視し、なんだってどうにかなると思って受け流す。自分に出来ない事でも誰かに頼めば万事解決すると思いこんでいる。

 世界に愛されているが故の傲慢。

 そして腹立たしいことに、それは大抵の場合その通りまかり通ってしまう。
 リュナはそれを羨むほど子供ではなかったが、全く腹が立たないかといえばそこまで完璧な大人ではない。

 終始渋い顔で、そして受け答えが雑になることくらいは許して欲しい。


「だからってこれはいくらなんでもギリギリ過ぎる。せめてもっと早く持って来い」
「はぁーい」

 愛想だけは花丸の、そのお気楽な返事を背中に聴きながら溜息をつき、リュナは本日の患者に向き直った。
 小言を封じられるのが腹立たしいが、宝石の罅意外はそれなりに手入れされた槍斧。
──水晶とは極めて特殊な鉱物で、主に記録媒体としての役目を果たす。職人がきちんと調律することで、この透き通った石は持主に従順に働くようになるのだ。
 セルバの青水晶は、元々彼の父親が調律したものだった。セルバ本人は覚えていなのだろうけれど。
 奪い屋や記録士の物と比べると純度は下がるが、それでも恐らくそれらの次に上等な青水晶。それをリュナが彼の武器として整備したのはもう何年も前の話だ。
 頼んできたのは本人ではなく、奪い屋であるヴァン。あの世話焼きが何故、刀匠の弟ではなくからくり職人のリュナに頼んできたのか、その理由は今も聞かされていない。当時、今よりも若く仕事の選り好みをできる立場ではなかったリュナはそれを引き受けたが……正直、非友好的な獲物を封じた水晶の管理がここまで杜撰な狩人が誕生すると分かっていれば、断っていたかもしれない。

「この脳内快晴男……」

 あながち冗談でもない思索に、うっかり自制しきれずに呟くと、当然身を弁えない文句が飛んでくる。

「やめてよね、さっきだって奪い屋に、『お前の頭ん中は秋晴れか!』って殴られたし」

ああ、なんだ、やっぱり誰が見てもそうなのか。
 そう思って、つい振り返る。
 すると思わずかっちりと目線が合った。
 その零れ落ちそうな程大きな瞳は、淹れたての紅茶色に染まっている。思春期の好奇心や悪戯っぽさと、少年特有の希望に輝く双眸は、きっと見ようによっては魅力的なのだろう。

「なに見てんの?からくりぃ」

 椅子の背もたれに頬杖ついて、悪夢のような子供は口の端を愉快そうに歪ませてリュナを呼ぶ。

「別に」

 子供は皆びっくり箱だ、とは誰が言ったのだったか。
 ポケットの御札を探りながら、リュナは浅葱と紅茶の少年から目を逸らす。ふん、と溜息なんだかなんなんだかよく分からない鼻を鳴らした。

「そもそも僕はコーヒー派なんだよ」

 誰が開けるか、そんなパンドラの函。



【end】

(は、何の話?それ)
(別になんでもないです。明日までに直すから帰れ)
(俺もコーヒー飲む。淹れてよからくり)
(嫌です。せめて自分で淹れろ)
(てゆか、からくりが飲んでるあのクソ甘いのはコーヒーとは言わないと思う)
(黙れ帰れ邪魔)


補足:
セルバは昔から何だかんだと皆に愛されて育った子供。だから自信家だし、しかもそれなりに実力があるのでかなりの楽天家。七歳頃から一人暮らしなので自立はしているものの全体的に危機感が薄い。狩りなんかでもボロボロになるまで平気で戦っちゃう。
ヴァン(奪い屋)はそんなセルバを見ながら、万が一の事があったらどうするんだと内心ハラハラしてる。
リュナ(からくり職人)はそんな戦いぶりを見て、もっと武器を丁寧に扱えと苛苛してる。


水晶=記録媒体
→魔力とか化物とかを保存するUSBみたいなもの。狩人は基本的に屠ったり捕獲したりした獲物を水晶に保存します。
つまり水晶が破損すると中の化物やらなんやらが出てきます。とても危ないです

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