創作

□狩人と地図屋と飴屋
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(前作の続き)


ひと仕事を終えたティンプは部屋のドアを静かに閉める。
セルバが声をあげたのは、正にその次の瞬間だった。

「あ」
「え?」

何かに気付いたような親友の声に地図屋がとっさにランプを灯せば、それを待っていたかのように玄関口が騒がしくなる。


「セルバぁ!暇だからあっそぼー!」


聴こえてきたのは舌足らずな誘いの文句。それはごく幼い女児の声で、……それなのに、その声にティンプは肩を強張らせる。

「チカじゃん!」

一方で、セルバは跳ねるようにソファから移動すると勝手知ったる他人の家の扉を開いた。勿論、家主の了承は得ない。
「ひさびさぁ」
まるで自分の家のように、気軽な調子で戸口を開き狩人が招き入れたのは、濃い紫色の髪を背中に流した小さな女の子。
年は精々十を満たすかというところ。柔らかそうな長髪を細かく分け、いくつもの三つ編みにして羽織ったケープと一緒に揺らす。見た目だけならば声の通りに、将来が楽しみな可愛らしい幼子である。

が、しかし。

最早セルバを咎めることも幼女の家宅侵入を留めることも無駄と知り、ティンプは殆ど諦めの境地で思う──その容貌に騙されるものは余所者だ、と。

若き苦労性たる地図屋含め、この街の人々は彼女の正体を嫌という程知っている。
そしてそれを裏付けるように、女の子の可愛らしい口が開く。飛び出すのは地図屋の予想の通りに、

「よっす、昼間っからカーテン引いちゃってシケ込みやがってやっらしーの!」

可愛いげの欠片もない言葉である。
少なくとも見た目年齢にはそぐわない、どころか保護者連盟が黙って居なさそうな台詞。それに対するのは当然、ティンプではなくセルバの仕事。

「やだなぁせめて仲良しって言ってチカも混ざりなよ何して遊ぶう?」

流れるような冗談の応酬と、ぱちん、と二人の両手が打ち合わされた音。
身長差がかなりあるのでセルバの方はしゃがみ込んでいるが、その表情は兄妹かと言いたくなるほど似通っている。つまり揃って悪どい。

「ちょっとここ本当に僕の家だよね!?」

その本意たる窘めを含んだ、半ば本気で心配になって来る家主確認の地図屋の叫び。


三つ編みの幼女はにやりと笑う。その名をチカトリチェ。飴屋を営む、この姿にして齢十八の生き人形──そしてセルバとティンプの、もう一人の幼馴染である。



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