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□もしも恋愛小説サイトだったら
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【もしも恋愛小説サイトだったら】
 @覚醒くんとイチちゃん








「なんか最近、物足りなさそうな顔してるねぇ」

とか何とか言って俺を笑うクソ医者を間髪いれずに刺し殺す。無駄に頑丈な野郎を血溜に静めると公園内から動くものがなくなった。
物足りない?そんなわけねぇだろ、寧ろ俺は今気が清々して仕方ねぇっつうのに。
ふと音がした気がして顔をあげる。でもやはりそこには何も潜んではいない。

……ストーカーが、一人いなくなった。
いきなりだった。殺しても殺しても、しつこく追い回してくるガキが、ここ一週間姿を見せない。

街を歩いてても見掛けない。
悲鳴があがっても来ない。
けどそれがなんだってんだ。不足なんてねえし寧ろ付き纏われなくてありがてえし、……やけに胸糞悪ぃのは似非医者野郎が余計なことほざくからだ。あのクソガキには何の関係もない。

「うぜぇ」

独り言つとますます苛々してくる。うざい、うざったい。
殺しただけじゃ治まんねぇ。馬鹿言った藪医者の口にナイフをぶっ刺す。死体の口蓋にずぶずぶ埋まっていく銀色に、それでもムカつきが静まらない。
今日も昨日もその前もアホみてぇに殺したせいで刃の滑りが悪い。別に手入れをさぼった訳でもねえのに。むかつく。いらいらする。俺の目の前にある全部が例外なく煩わしい!
んなことばっか考えてるから──

ばしゃん。と、

本当に水音がして思わず肩が強張った。
咄嗟に振り返れば自分の目がぎりぎりと見開かれるのを感じる。その勢いに相手は虚を衝かれた顔した。
……痩せっこけた手足に丸腰で、どっか暢気に一人で立ってるただの子供。

急にいなくなったと思えばまた急に出てきたそいつはなんでもないように俺を見て、

「ひさしぶり」

掛けられた有体の言葉に頬がひりつく。
普通に挨拶してんじゃねえよ。

相変わらず、俺のことも、手にあるナイフも気にする素振りはなく、ガキはその辺に転がってる死体に近づいて脇にしゃがむ。
黒い小さな塊のようになりながら、赤い水溜りからだらんとした手首を掬い上げるのを見て、ずきり、と、怪我したわけでもないのにどこかが痛む。そんなに死人が好きかよ。見てたって生き返ったりしねぇよ。

「心配すんな、てめぇもすぐそうなるんだからよ」
「それはあんまり嬉しくない」

脅し文句を顔色変えずに往なす。ムカつく。
「うっせえ油断してんじゃねえぞ、腹掻っ捌いて殺してやる!」
声を荒げたところでこのガキはビビらない。怪訝そうに、油断?と繰り返すだけで俺に臆す気配はない。腹立つ。てめぇを殺すっつってる奴を無視すんな。
込み上げてくるドス黒い苛立ちを、鼻で笑ってどうにか誤魔化した。

「クソガキが。折角俺に会わないですんでたのになぁ?わざわざ殺されに来やがって」

正直気分じゃねえが、無理やりに口角を上げてみせる。
なあ慄け、怖がれ。
血脂に塗れたナイフを投げ捨て腰から新しいのを一本抜いた。
……そこまでやって、それでも黒い子供は怯まなかった。
どころかぱっと顔をあげて立ち上がる。……あ?

「あぁ、気付いてくれてたんだ」
「は?」
「フリッピーはオレのことなんか気に掛けてないかなって思ってたから」
こいつ、盲目かと疑うくらいに明るい声で。

「でもいないって、気が付くくらいには気にかけてもらってたんだ」

こいつはナイフが見えてないのか。自分の状況分かってねぇのか!

「気、なんざ掛けてねぇよ!」

そうやって反論するのにガキは全然気にしなかった。どっか嬉しそうな顔だった。ふざけんな。今から死ぬってわかってんだろ。
睨んでも脅しても怒鳴っても、そんなことを歯牙にもかけないガキの態度にまで無茶苦茶イラつく。
だから――無視するな!俺を!
腹立ち紛れに地面を蹴り上げて、威嚇したところで勿論意味がない。なあてめぇどうやったら堪えんだよ。

ふい、と視線を戻せば予想以上に逃げ場なく目が、合う。
なんだよ。

「ちょっと前から、フリッピー見てるとざわざわしてさ」
「……はあ?」

ぱしゃり、ぱしゃりと、軽い水音で靴を血濡れにしながら近づいてくるその顔は、死体の横を通る度に少し寂しそうに歪む。滅多に口では殺人を咎めないくせに。誰かが殺されそうになったら命がけで庇うくせに。

「恨み言かよ」
「違うよ」

舌打ち混じりに吐き捨てれば存外強い口調で否定が飛んだ。
そのまま目の前にまでやってくる。俺が手を伸ばせばナイフが刺さる距離まで平然とやってくる。馬鹿か。

「目が勝手に、迷彩柄探したりするんだ。悲鳴が聞こえたら、さ、なんか浮き足立ったりしておかしいんだ」
「そりゃおかしいだろ狂ってる」
「だよね」

気まずそうに、息を吐く、そいつ。

「死んじゃうって分かっててもそれでもいいから顔見たいって思うし」

俯くと、小さな頭は馬鹿みたいに下に見える。こいつがいい加減小柄すぎるせいだ。ナイフを持ってねえ方の手が揺れる。何で。慌てて拳を握れば入れ替わりのようにガキが顔を上げた。その勢いのよさにぎょっとする。

「勘違いだったら、質悪いなと。でもやっぱりこのまま放っておくのも気持ち悪かったし」

ランピーに相談したのが悪かったのかな。
呟きについさっき沈めた男の名前が混じり、苛立つ。クソ、さっきまで治まりかけてたのに。

「さっきから聞いてりゃ何の話だ殺すぞ!」
「わからない?」
「なっ」

思わず身を引けば、小さな手が咎めるように俺の腕を捕まえた。いやちょっと待てなんで俺が怯んでる逆だろ普通!

妙な冷や汗が背中を伝った。力なんて入れないでも振り払えるはずの華奢な手は何故か剥がれない。
ガキは首を傾けて俺の目を覗き込んでくる。
こいつはすぐそういうことをする。金色が綺麗だと訳の分からないことを言う。何か腹立つから止めろっつっても止めない。

……制止するのも面倒になって、止めろと言わなくなったのは、いつからだ?

「だから少し会わないで冷静に考えてみようかなって。これでも結構真剣に悩んでた」

てめぇの悩みなんぞ知るか。
そう言いてぇのに、どうも見上げてくる黒い、黒い瞳が俺を捉えて離さない。

「でも、やっぱり間違ってなかったみたい」

安堵したように言うそいつに。
俺なんて気にしてない風に一人で呟くそいつに。

苛々する。

なんでイラつくのかわかんねえのが苛々する。
胸焼けみてえなムカつきが腹ん中で疼いて気持ち悪い。

「だから!」

苛々の発端にナイフを向ける。そのまま殺さなかったのは聞き出さないうちに死なれたらすっきりしないからだ。ただそれだけで他意なんて無い!

「どういうことだよ!!」
「こういうことだよ」

次の瞬間、ガキは小さい体を思いっきり伸ばして俺に抱きついた。そんなことをすれば当然、ナイフはその薄い胸に突き刺さる。

「な、にして──ッ」

それをものともせずに両腕を俺の首に巻きつけて、そのせいで俺の首は下に引っ張られて、そのまま、


「あ、した、から覚悟してて、よ、っ」


触れる瞬間、吐き出した言葉ごとぶつけるようなキスをされた。


ナイフで貫かれた小さな体から力が抜ける。同時に、名残を惜しむかのように離れていく唇を感じながら、苛立ちどころか呆然とすることしかできない俺はどうやら、覚悟を決めなければならないらしいが。


【end】

(崩れ落ちる死体を思わず抱きとめた俺はもうやばい)


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