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□もしも普通の女の子が主人公だったら
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【もしも普通の女の子が主人公だったら】
 @英雄さんと女の子










親方空から女の子が。

そんな奇異なことは稀にでも起こらない。せいぜいがとこ、降ってくるのは、街のヒーローさんくらいなものなのだ。

「……いやいやいやいや」

私は目の前の蛇口を捻りながら自問自答する。

いやいやいやいや、ヒーローさんが落ちてくる時点でかなりおかしい!絶対おかしい!

そうこうしているうちに水が溜まって、フェイスタオルを浸して盥を持ち上げた。みるみる水気を含んで沈む布切れを見つめながらなるべく落ち着くように冷静になるように勤めて私は廊下を歩く。まあその目的は全く果たされていないけども。私が歩いた後に点々と落ちている水滴がその証拠だ。動揺で手が震えてるんですよわかります!?

そもそも、どさり、と何かが落ちたような音がするから宅配便でも来たのかなー、と軽い気持ちで外を覗いたのが間違いだった。

「でもだって満身創痍のスプレンディドが居るなんて思わないじゃん!」

だん、と盥を床に置きながら叫ぶ。
なんで置くのかって?決まってるでしょ両手塞がってたらドア開けらんないんだもん。片手で持てるほど力持ちじゃないし。
そんな訳で身軽になった私は寝室の扉を開いた。

「すぷれんでぃど?すぷー?ぷーちゃん起きてる?てか生きてる?」
「……生きてるし起きてるよ」

返ってきたのは実にか細い声。
皆様ご覧ください、人のベッドの上でグロッキーになりながら熱で朦朧としているこちらが普段ぶいぶい言わせている我が友人ことヒーローさんですああもう起き上がろうとするな!

「ちょ、寝てなってば!」
「ぅ、すまない、でも……」
「でもじゃない」

慌てて近寄って勢いのままに押し倒せばヒーローはばふっとベッドに逆戻りする。わぁ力よっわー……。

「これ、本格的にヤバイんじゃないの?大丈夫?顔も赤いし、熱何度だった?」
「自覚はしてるよ……顔が赤いのは気にしないで……」
「いや気にするわ」

焦ったように弁解するスプレンディドの、その額に手を当てればちょっと言葉がでないくらいに熱かった。
衝撃に固まる私の手は、何故かさらに焦った様子のスプレンディドによってどうにかこうにか避けられる。ていうかこれ、濡れタオル如きでなんとかなるレベルじゃないだろ絶対。

「ほ、本当に大丈夫だから、すぐ良くなるんだ!原因も分かっているし……」
「それは私にだって分かってるよ、双子にやられたんでしょ?」

図星をさしてやるとヒーローはぐぅ、と言葉に詰まる。
それにしても珍しい、押しに弱いヒーローなんて。一部の人が知ったらとても喜びそうだ。まあだからこそスプレンディドも死ぬ気で家まで帰ろうとしてたんだろうけど。

「いや、しかし大丈夫なんだ!飛べるようになったら今度こそ家に帰るつもりだ!これ以上君に醜態を晒すつもりはないよ!」

そしてうちの前で力尽きたのだけど。

「それにあまり情けない姿を見られるわけにはいかない……ヒーローとして。ヒーローとして!」
「なんで二回言った」

どうも我らが英雄は錯乱気味らしい。
でも、ふぅん。ヒーローとして、ね。

「……うん?どうかしたのかい?」

「んー、ヒーローとしてはダメってことは、」

私はさっきから視界の隅でちらちらと揺れてる赤い布を捕まえた。……物理的に。

「うん!?」

そして引っ張ろうとした瞬間、スプレンディドはそれに抵抗するように、ってか実際抵抗しようと逆向きに引き返す。ちっ。

「いやーこれ取ったほうがいいんじゃないかなぁって」
「とっ、取らなくても同じだと思わないかい?」
「思わないよ、ヒーローとしてじゃなきゃ情けなくってもいいんでしょぷーちゃん?」
「いやしかしそんなの格好悪いじゃないか、あとぷーちゃんって言わないでくれ……!」
「かっこ悪くないかっこ悪くない、ほら諦めて素顔をみせれ」
「だ、駄目だ!僕の顔はもっと感動的なシチュエーションで見せる!」
「なにその未来計画!?」

一瞬怯んだ隙に赤い目隠しはするりと私の手を抜ける。くそ、腐ってもヒーロー抜け目がない。
アイデンティティを盗られまいとしっかり握り締めるぷーちゃんは、それでも病体に堪えたらしくさっきよりも衰弱して見えた。ダメだこれ逆効果だ。

「ていうか細かいこと気にしすぎ!神経質かお前は!」
「だって好きな子の前では格好つけときたいじゃないか」
「んなこと言って、る、場合………………ん?」



私は盥を取りに行こうと立ち上がりかけ、ヒーローは目隠しを握り締めたままの姿勢で。

…………はい?

二人そろってしばらく固まる。あれ、このひといま、なんて言った?

「い、いいいま僕なんて言ったかな!?」
「へえっ!?えっ、と」

正に考えていたのと同じ台詞を投げかけられて声がひっくり返る。
そんな私を見て真っ赤な顔のスプレンディドは慌てて手を振った。

「あ、いい!言わなくていい!!」
「ぅえ!?あ、ああそう……」

急ブレーキが掛かって私はもううろたえればいいのか落ち着けばいいのか……。
同じくキャパを越えたのか、叫び終えるなりスプレンディドは枕に向かって突っ伏する。

み、皆様ご覧ください、人のベッドの上で茹でタコになりながら羞恥で朦朧としているこちらが普段ぶいぶい言わせているあれダメだこれブーメランかも。

「あ、あのさ」

うつ伏せになり後頭部を晒すあちらからは私の顔が見えていない。なんと幸いな。どっちにしろ看病はしなくちゃなんないので私は腰を上げた。

そして、返事は来ないだろーなと思いつつ一応、

「もし、なら、あの……聞かなかったことにするから」

よし!言った!これでよし!
内心がっつポーズしながら背中を向けてドアに向かって、

「…………」

歩き出せない。
がくん、と足が止まったのはいつもと比べれば全然弱くて、それでも振り払えない男の力で腕を掴まれたから。

ああ振り返っちゃダメだ。

分かっていたのに、私は後ろを向いてしまう。

無理に起き上がったからなのか、少しだけふらつく体で、それでもその熱に濡れた青い目は私のことを見つめていて。



「わ、忘れなくていいから……」




私はとりあえず発熱時の対処法を茹る頭で考えるのだった。


【end】

(私も頭冷やそっかなぁ……)


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