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□知力と糖分の関連性とは
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私立HTF学園、関東最大とも言われる規模と生徒数を誇り、初等部から大学までを運営している巨大な学校法人である。文部科学省の正気を疑うほど個性的な教員の面々、どこぞの基地かと勘繰りたくなる広大な敷地、設立者の財産が腐りでもしていたのか多彩すぎる設備等々、除けばごく一般的な教育機関だ。…………自分でもかなり無理のある口上であることは分かっている。
とはいえ、学校は学校。どれだけ異色さを孕んでいようとも、所属する生徒の本分になんら変わりはない。

ようするに、──勉強である。






短縮された授業時間により、いつもより早く訪れた放課後。しかしオレは寄り道も、双子の策にまんまと嵌って所属している謎の部活動にも参加せず、真っ直ぐに寮への帰り道を辿っていた。寄り道はともかく、部活動についてはそもそもオレだけではなく学校全体で休止させられている筈である。
何故なら、


「何故なら今日も明日もテストだからです」


ばたん、と。
帰り着いた学生寮の共有スペース、娯楽室の扉を開いた瞬間、思考と呼応するようにボーイソプラノが轟いた。同時に軽い打撃音。

「テスト期間なんだから勉強するのは当然じゃないですか!」

教科書やプリント、問題集が乱雑に広がるローテーブル。そこに、やさぐれたように拳を落としたのは予想に違わずスニッフルズだった。その衝撃によりコロコロと転がるシャープペンシルを、すぐ隣で頬杖ついてじっと眺めているのは珍しく静かにしているナッティ。そして室内に残るはもう一人。

「ガリ勉って言われたんだって」

何故か寮生でないトゥーシーが、状況に取り残されたオレを迎える。……夏に百物語をしていたときも思っていたのだが、この寮、流石にセキュリティが甘すぎやしないだろうか。学園関係者なら殆ど顔パスだが。トゥーシーは手元のスマートフォンから目を離さずに、しかし片手で傍の学生鞄を雑に除け、ひと一人分のスペースを空けてくれた。ありがたく近寄り腰をすえれば、目の前には薄い水色の髪と旋毛。

「……珍しいな、三人でテスト勉強?」

と、なると二人はともかくトゥーシーだけは学年が一つ違うのだが。すると当の高等部生が気だるげに携帯を持った腕を降ろす。

「あー、ていうか、カドの赤点対策だったんだけど当人は逃げた。そんで色々あってスニフが拗ねた」
「拗ねてないです」

旋毛が喋った。

「ガリ勉って別に悪口じゃないと思ってますよ。努力するのも才能、とまでは言いませんが、継続は力です。現に僕が勉学で落ちぶれていないのは普段から自学自習を心がけているお陰ですしね。ガリ勉とか寧ろ褒め言葉ですよ。まぁ?今日のは悪意を含んだ言い方でしたけど?自分が努力できないからって僕に八つ当たりされてもって感じですよね。そんなところで自らの愚かさを披露されても」
「スニフって動揺するほど饒舌になるよな」
「なりません。……というか影口については本当に気にしてません」

がばりと身を起こすスニッフルズに、隣でレジ袋を漁っていたナッティが一瞬震える。見るにコンビニの袋なのだが、その激昂の対象が自分ではないと知るや否や実に幸せそうな顔でドーナツを取り出した。チョコやカラースプレーでコーティングされた輪っかは凶悪なまでに甘そうなのだがあれは放っておいて良いのだろうか。いつもは止めるスニフはそれどころではないのか何も言わず、毎度のようにずり下がってきた青縁の眼鏡をグイっと押し上げてトゥーシーを上目に睨む。そして今更気付いたかのようにオレを見るが、いや、結構最初から居たぞ。

「……じゃあ、何を気にしてるの」

視線を向けられたついでに尋ねてみれば、後輩ははっとしたように口を開いた。

「僕が気にしてるのは!」
「これだろ?」

と、遮る様にトゥーシーがひょい、と掲げたのはさっきまで弄っていたスマートフォンのその画面。四角いディスプレイが眼鏡に白く映りこみスニフは、ぐっ、と分りやすく表情を固める。横から覗いてみればそれは学校の公式サイトで、さらにパスワード制の個人ページ。個別に開かれたブラウザは、

「学内順位?……前のテストの?」

オレ達の学校では成績上位者10名までは、試験の点数と名前までが掲示板に晒されるという捕らえ方によってはえげつない慣習があるのだが。因みにオレは載ったことがない。常連なのは言わずもがなの生徒会長や、そして目の前に居るスニッフルズその人である。

「あれ?」

が、その名は思っていた場所には表示されていなかった。

「え、スニッフルズ首席だって前に」

言ってなかったか、と言い切る前にデバイスの持ち主がうんざりしたように呟く。続き、当の成績優秀者。

「去年まではなー」
「だから納得いかないんですってば!」

中等部三学年、一覧表の、上から二番目、スニッフルズの名は確かに上位者として挙がっているのだが。
一番上に表示されている、その名は──

「だってナッティにかいめだもーんッ」

一斉に、全員の視線を浴びた学年一位は小首を傾げ笑い、歌うように言った。


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