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□『保護者』
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ぱたぱたと、軽すぎる足音が遠ざかっていく気配に振り返らないまま手を振れば、やがて辺りは静けさを取り戻す。

波が砕ける音と、魚の跳ねる水音、遠いウミネコの声。耳に入るそれらは自分にとっては最早静寂の一部だった。

「ぁあ、本当に、」 

滅多に零さない独り言は誰に聞かせる気もなく割れた声で、それを契機にして糸が切れたように真後ろぶっ倒れる。

「先、越されちまったなぁ……」

流石に受身は背中でこなして、そのまま仰向けに寝転がればアスファルトは心地よく暖かかった。が、同時に目の前に広がった青空は良くなかった。俺は、なんでかこの街に来てから空が嫌いだ。目を逸らすきっかけを与えるように太陽が眩しく輝いたのでそれを良い訳に瞼を下ろして、そうして出来た橙色の暗闇に、漸くひとつ、長く息を吐いた。

別に、イチが自分より先に『答え』を見つけた事を僻む気はない。それはむしろ喜ばしい事だ。心から。だって、ずっと(、、、)気にしていたのだ。

放置したままの釣竿がカタリと鳴った。気にも留めずに放置して、どれだけじっとしていただろう、やがて聴こえてきたのは相変わらず姿を見ずとも誰だか分かる間の抜けた口調。

「あっれぇ?やほー生きてるーぅ?」

その台詞はしかし些か遠い過去に覚えのあるそれで、思わず語感が強くなる。

「死んでねえよ」
「ふぅん?さっきあの子とすれ違ったけどここに居たの?」
「ああ」
「そっかー、よかったねぇ!」

聴こえてきた明るい声に、意図が汲めないまま薄く目を開ける。

「だってラッセルってば、ハジメマシテの時からずーうっと気にしてたじゃないっ?」

一つしか残っていない眼球に、容赦なく日光が突き刺さり眩しさに目を細めれば逆光のシルエットが見下ろすように此方を覗き込んで蠢いた。


「自分とよく似た境遇の子供を」


そうして、かつて俺を拾った医者は(、、、、、、、、、、、)童話に出てくる猫のように、三日月形に歪んでにしゃりと笑った。



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