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□『保護者』
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「ぁあ……、ぅん、ぉぅ」
居心地の悪さに、無駄に唸れば頭上でガチリと金具の義手が鳴る。
さて。
一体いつの事だか。というか本当に古い話を持ち出しやがって。個人的にアレは完全に黒歴史以外の何物でもないのだが。……そういえばこのふざけた右手をくれたのもランピーだった。
「まぁ俺はあちらさんと違って記憶喪失なんて厄介なもんは背負っちゃなかったけどな」
漸く慣れてきた視界に銀のフックを写せば、更に向こう側に非対称な表情が笑う。
「んんー、でもどうやって流れ着いたのか覚えてないんでしょ」
「まぁ、」
「もーあの時ねぇ海辺でさあボロ雑巾みたいになってるとこ見つけてしょぉーおじき人間だとはとても思えなかったよねっ!」
「お前さんは、もうちっと、こう」
デリカシーとかそういうのを学んだ方が良いと思う。
……あの時、浜へ打ち上げられていた土左衛門も同然の自分を拾い上げてくれたらしいことには恩義を感じてはいるが。その後、御座なりに右手と両足を……ありあわせのなんやかんやで都合してくれたことにも、感謝……若干の、いやうん……少しは感謝しているが。
──その後、死に体の、リハビリもままならない芋虫のような無様さで、何度も何度も再び海に出ようと這いずり回り、荒くれる自分を止めてくれたことには本当に感謝している。
よく飽き性のこの男が見限らなかったなと感心する意味も含めて。
「つっても俺は、別に、あいつを自分の代わりにしたってワケじゃねぇぞ」
「あれぇ、そうなのっ?」
「あちらさんは……イチは、俺なんかとは全然違ぇだろう」
最初は確かに、似ていると思った。
この友人、元主治医が言うように。
というかそもそもまたランピーが拾ってきたのだとばかり思ったくらいに、自分と同じような境遇で、自分と同じような心境で、自分と同じような行動を取るのだとばかり。
「イチは、一見ぽやぽやしてっけどちゃんと廻り見て、後にも先にも他人にも自分にも筋道立てて動いてたろ。どうにもこうにも分からんワカランで右往左往してた俺とは違うっつうか」
そりゃぁ心配は本当にしてたし気にもしていた。
けれど。
途中で気付いた。この子供はただ弱いだけの存在じゃない。
俺の弱さを重ねて……俺の自己満足の投影機にするのはただのエゴだと。
「ちゃんと答えも見つけたみてぇだしな!自分の事しか考えねえで好き勝手してた俺と一緒にしてやるのは忍びねえって」
荒くれてた頃の話は、割と本気で黒歴史なので一切合財語る気はないが。
どうせアレを知ってるのはランピー含めても数人だ。
「んー、でもそれはあの子の欲しいものが海になさそーだったってだけのハナシな気もするけどねぇ……ラッセルだってフリッピーをストーキングしなかったじゃないっ?」
「おっ、そろしい事を言うなお前……!」
思わずがなれば、けたけたと暢気な笑い声が降り注ぐ。
しかしながら、なるほど。俺は昔、あの時、どうしてももう一度海へ出たくて……海に、どこかに、孤独に浮かんで漂っているはずの小船に何か大事なものを忘れている気がして仕方がなかったのだけど。
俺にはとても恐ろしくて溜まらない金色が、あの子供にとっての海だったのか。
「──けどまぁ、やっぱり一緒なんかじゃねぇよ」
「ふぅん頑固だねっ?あの子はきっと、身代わりにされたって怒らないと思うよぅ?」
「俺がいやだっつってんだしつこい」
「えぇー……んんー、いいよぉ、じゃっ、そぉいうコトにしといたげるねぇ」
概ねわざとなんだろうが、含みを効かせた口調でそう言うと、ランピーは長身をぐんにゃり曲げるようにしゃがみ込む。未だ寝っ転がった俺の耳に、靴底が砂利を摩る音がいやに攪拌して明瞭に届いた。
「でもさぁ、じゃあ、ラッセルぅ」
問い掛けながらも何処か遠くを見るような視線をこちらに向けて。
「釣りだなんて言い訳しちゃってさあ?こうやって海に毎日通ってるのって、」
頬杖をついた所為でぐにゃりと歪んだ薄い唇がやけにゆっくりと動いて見えた。
「未練?」
何を今更。
そもそもそれを言うなら今隣にいる『釣り仲間』も大概恣意的な代物であるというのに。
「…………さぁ」
ぐぐぐ、と気合を入れて腹筋を使って一気に起き上がる。若干勢いがつきすぎて海に落ちかけたが。ガリリと木製の両足を削り踏ん張って、視線を向ければ心配するそぶりなど微塵も見せない見慣れた笑顔がへらりと傾ぐ。
「そうだったかもな?」
言外に今はそうでない事を言い置いて。
笑う俺の顔はきっといつも通りのソレだった筈だ。
【end】