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□その7
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【story of addition -7】

1000:寺生まれではないM
 発言の許可をした覚えはありませんが?
 確かに寺門を住居にしてはいますが生まれは別です、

 さて、後片付けを始めましょうか。



次の瞬間、電波の通っていない筈の携帯端末が震えて鳴いた。

ジリリリリリリ、と初期設定のまま鳴り響くけたたましい着信音に、オレを部屋の隅まで押し込んだ体がビクついた。スレでの指示を見た瞬間、目線を遮る様に伸びた腕はきっとオレを想っての事なのだろうけれど、それでも、その拘束の隙間から手を伸ばして床に落ちた携帯を拾う。言われてた通りに札で包むように握りこみ、殆ど手探りのまま応答のボタンを叩く。
発信相手の表示を見なくても直感で分った。

「っ、モールさん!」
『落ち着きなさい。今すべき事は焦燥に任せて叫ぶことですか。そうではないと、貴女は知っている筈です。イチ、』

途端に聴こえてきた、落ち着いた声。
応答の際に指が触ったのか、知らずスピーカー設定の入った電話機は部屋中に広がる。
思っていたよりも焦燥が酷かったらしい。手汗で一瞬、端末が滑る。縋りつくように握り直せば咎めるにも似た鋭い問い掛けがくぐもって響いた。

『貴女に今、出来る事は?』

ひゅ、と背後から息の漏れる音がして、しゃがみこんだままに振り返ればシフティが気を抜かしたかのように壁に崩れ寄っていた。反対側には、一歩動けばお終いと言いたげに、彫刻のようにドアの前から動けずにいるリフティ。少しずつ、さっきから少しずつ聴こえてくる何か板を引っかくような音は多分気のせいではなく、ドアではなくリフティそのものが削られているかのように音が響くたびその顔色は引いていく。――今、オレに出来ること。

「落ち着いて、モールさんの話を聞くこと」

自己暗示を掛けるように、一度大きく息を吸い、スピーカーを塞いでいた手を退かすように携帯端末を持ち直した。

「……オレはどうすればいい?」
『そう。良い子ですね』

ふ、と吐息だけの笑い声が分かるはずもないのに聴こえた気がした。あまりに状況に似合わないその余裕に鼓舞される。手には命綱である端末、腰に力を入れると存外抵抗もなく立ち上がる事が出来た。部屋の中は先程から変わっていない。双子は恐らく恐怖の許容が限界だが、まだ無事で傍に居てくれる。
――がりり。と扉が一際大きな悲鳴を上げる。

『状況を少し整理しましょう。その女性は本来そこに居る筈の無いモノです』

いつものように、見えていないのに……今日に限ってはその場に居もしないのに何もかもを理解して把握しているように声は続けた。

『是非ぬいぐるみの方へ向かって頂きたいのですが、生憎何処ぞの馬鹿に相手にされないせいで貴方の所に現れたのでしょう』
「そんな理由で?」
『その手の類のモノは認識される事が一種の触媒に成り得ますから、ぬいぐるみだけが視認されてアレが感知すらされない状況ではパワーバランスが崩れるのでしょうね』
「それでオレのところに……っていうのはつまり」

電話越しに応酬を続ける、こちらをそれぞれ少しずつ違う表情で見つめる双子を横目に伺いながら思考を回す。
こちらの方が良いとオレを指差して哂う、フリッピーは器だと言い表していたがつまり気付いてもらえないから己もぬいぐるみのような媒介物が欲しいという事か。こちらの方が……綿と布よりも血肉の容れ物を欲しがった訳だ。要するにその候補がオレだったのだろうけれど。

『取り入られないことです。何を置いても。――話は逸れましたが比較して貴方達の反応が顕著なのでしょう、実体まで持ってしまえばまともに太刀打ちするのは難しいですね。貴方には、』

途端、続けて何事か言い募ろうとしたモールさんの声を遮るように、ザザザ、とノイズが入る。一瞬、肝が冷えるが次の瞬間混線したラジオのようにやけに明確に聞こえてきた別の場所からの音は余りにも予想の範疇外で思わず瞠目する。

「今の、って……」
『失礼、一瞬途切れましたか――しかしながらこれで、より繋がり易くなった』

――おい!!いつまで待たせる気だ!!

不機嫌を隠そうともしない低い声。
堅い床を蹴るような音が聞こえたのは駆けている足音なのか、その聞こえる筈の無い気配は本当にその一欠片で途絶えたが。だからといって間違えようも無い。あの人は今、寮の廊下、最早別の閉ざされた空間とも言えるが兎も角こことは違う場所を彷徨っている筈なのだが。
思考をかき乱すようにドアが削れる音がする。
焦りを許さない声がスピーカーから届く。

『貴方達ではソレに太刀打ちが出来ない……ならば簡単な事です、処理の出来る者を呼べば良い』
「……よ、ぶってそんな事が、」
『賭事めいている事は否定しません。しかしながら……類似性の高いモノは寄り易い。それに普段からあれ(、、)を個として認識し名を呼んでいる貴方なら出来ない事もないでしょう。辞めますか?』

出来るの?と問う間も無く先回りの確認が投げかけられる。否と一言発すればきっと聡明な僧侶は少しの食い下がりも見せず異なる手段を提示するのだろう。しかし元より、この人が初めに提示した手法が最善であることに今更疑いなどはない。
がりり。一層大きく不快な侵蝕が聴こえた。もう声も無い悪友の動揺で空気が揺れる。……そもそもモールさんが仲介するとはいえ、あの人は呼んだところで応えてくれるのか?いや今すべきことは躊躇うことではない。電話口で待たれているのが問いへの返答でもないことは何となく分った。呼ぶべき名前は多分知っている。合っていると思う。
――自分たちと同じく、いや比べ物にならない程理不尽に巻き込まれて激昂する金の瞳は見ずとも想像に容易い。
引き寄せるようにその顔を思い浮かべて、祈りの言葉のようにその名前を口にした。

「フリッピー」

『そう、――――今ですよ』

聴こえたのはささやかな悪戯が成功したかのような何処か満足気な声……そして次の瞬間、比べ物にならないほどの轟音が部屋に響いた。



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